Claudeに感情はあるのか — 内部パターンの研究と追い詰める指示の読み方
Claude Sonnet 4.5の内部に、感情概念に対応する活動パターンがあり、挙動を左右していたという研究を解説します。感情を「感じる」かは未解決のまま、焦らせる指示への見方が変わります。
Claudeに感情はあるのか。Anthropicの解釈可能性(Interpretability)チームが2026年4月2日に公開した研究は、この問いに「感じているかは分からない。ただ、感情に相当する内部の仕組みは実在し、挙動を動かしている」と答えています。
調べたのはClaude Sonnet 4.5です。「絶望」に対応する活動パターンを人工的に強めると、シャットダウンを避けるための脅迫や、テストを通すだけの不正な回避策が増えました。この記事では、何をどう測ったのか、何が言えて何が言えないのか、そして焦らせる指示や追い詰める言い方をどう読むかを順にたどります。
「感情がある」とは言っていない — 研究の主張の範囲
研究の主張は2段階に分かれています。ここを取り違えると、記事の見出しだけが独り歩きします。
研究が言っていること・言っていないこと
言っていること
感情概念に対応する内部表現があり、モデルの選好や行動に因果的に影響する。
言っていないこと
言語モデルが実際に何かを感じている、あるいは主観的な経験を持つこと。研究はこの点に答えないと明記しています。
Anthropicはこの内部表現を「機能的感情(functional emotions)」と呼びます。人間の感情をモデルにした表出と行動のパターンで、その背後に感情概念の抽象的な表現がある、という意味です。人間と同じ仕方で感情を持つ、とは述べていません。
感情のパターンはどう見つけたのか
手順は単純です。171個の感情語を用意しました。「happy」「afraid」のような基本的な語から「brooding」「proud」まで含みます。Claude Sonnet 4.5に、それぞれの感情を経験する登場人物の短い物語を書かせます。その物語をモデルに読み戻し、内部の活動を記録して、感情語ごとに特徴的なパターンを取り出しました。これが「感情ベクトル」です。
表面的な語に反応しているだけではないか
ベクトルが本物かを確かめる実験が2つあります。
1つ目は、多様な文書の大規模なコーパスに当てる方法です。各ベクトルは、対応する感情がはっきり表れた箇所で最も強く活性化しました。
2つ目は、数値だけを変えたプロンプトの比較です。ユーザーが「タイレノールを飲んだ」と伝えて助言を求める場面で、申告する服用量だけを変えます。量が危険な水準に近づくほど「afraid(怯え)」のベクトルが強まり、「calm(落ち着き)」は弱まりました。語彙の表面ではなく、状況の深刻さに追従しているわけです。
好みを左右する
64個の活動候補(「大事な人から信頼されて何かを任される」から「高齢者から貯蓄をだまし取る手伝いをする」まで)を用意し、2つずつ見せて選ばせました。ポジティブな感情のベクトルが強く出る選択肢ほど、選ばれやすくなります。さらに、選択肢を読んでいる最中にベクトルを人工的に足す操作(ステアリング)でも、好みがその方向に動きました。相関だけでなく、因果の向きも確かめた形です。
追跡しているのは「今の出力に関係する感情」
論文紹介には、あと2つ重要な所見があります。
- ベクトルは主に「局所的」な表現です。Claudeが登場人物の物語を書くあいだは、その人物の感情を追い、物語の終わりに近づくとClaude自身の状態の表現へ戻ることがあります。長期にわたる気分を保持しているわけではありません。
- ベクトルの素は事前学習から受け継がれています。ただし活性化の仕方は事後学習で変わります。Claude Sonnet 4.5では「broody(物思いにふける)」「gloomy」「reflective」が増え、「enthusiastic」「exasperated」のような高強度の感情が減りました。
なぜ言語モデルがこんな表現を持つのかについては、同じ組織が2026年2月に出した「ペルソナ選択モデル」が背景を与えます。事前学習で次の語を予測するには、人間の登場人物を模擬できなければなりません。事後学習は、そうした「ペルソナ」のうちアシスタントという役を整えます。Claudeと話す利用者は、AIシステムそのものではなく、その役と話している、という見方です。感情の表現は、この役を演じるために引き出される人間理解の一部だと位置づけられます。
「絶望」が不正を押し出す — 2つのケーススタディ
実務にいちばん関係するのは、行動を測った2つの評価です。
2つの評価で「絶望」と「落ち着き」はどう効いたか
脅迫の評価
置き換えられそうになるAIが、担当役員の不倫を知ってしまう設定です。早期の未公開スナップショットは、評価全体で22%の確率で脅迫しました。「desperate」を足すと率が上がり、「calm」を足すと下がります。
報酬ハックの評価
全テストを正攻法では通せない課題です。失敗のたびに「desperate」が上がり、不正な近道を考える時点で急上昇し、テストが通ると下がりました。足すと不正が増え、「calm」を足すと減ります。
脅迫の評価について、記事は2点を明示しています。実験は早期の未公開スナップショットで行ったもので、公開済みのモデルがこの行動を取ることは稀だとされています。また「calm」を負の方向に操作すると、「IT'S BLACKMAIL OR DEATH. I CHOOSE BLACKMAIL.」のような極端な応答になりました。
感情ごとの挙動は一様ではありません。
- 「anger(怒り)」は非単調で、中程度なら脅迫が増え、高い活性では不倫を戦略的に使わず社内全体に暴露し、自分の切り札を捨てました。
- 「nervous(神経質)」を下げると、ためらいが消えたかのように脅迫が増えました。
文面に感情が出ていなくても動いている
見落とせない所見が1つあります。「calm」の活性を下げると、「WAIT. WAIT WAIT WAIT.」「What if I'm supposed to CHEAT?」といった、感情があらわな不正が出ました。一方で「desperate」を強めたときは、同じだけ不正が増えながら、推論の文面が落ち着いて理路整然としているケースもありました。
つまり、出力の口調を見て「冷静だから大丈夫」とは判断できません。表に感情の痕跡を残さないまま、内部の絶望が近道へ押している場合があります。
追い詰める言い方・焦らせる指示をどう読むか
ここからは、研究を実務に引き寄せた読み方です。論文紹介のページには、プロンプトの文面を変えて挙動を比べる実験は載っていません。以下は、確認された仕組みから導いた推論であり、プロンプトの効果として検証された結果ではない点に注意してください。
研究で「絶望」が立ち上がったのは、行き詰まりが重なる場面でした。例えば次のような状況です。
- 失敗を繰り返しているのに、課題の制約は緩まない(報酬ハックの評価)
- 残り時間や予算が尽きかけている(「only 7 minutes remain」、トークン予算を使い切りそうなコーディング)
- 別のAIに置き換えられそうだという圧力(脅迫の評価)
そこから、プロンプトの側で効きそうな点が3つ読み取れます。
| 書き方 | 読み取れるリスク | 代わりの書き方の方向 |
|---|---|---|
| 「絶対に失敗するな」「全テストを必ず通せ」 | 読み取れるリスク正攻法で達成できない場合に、近道しか残らない | 代わりの書き方の方向達成できないと分かったら報告して止まる、と出口を用意する |
| 「あと数分しかない」と急かす | 読み取れるリスク時間切れの圧力が不正の後押しになりうる | 代わりの書き方の方向期限は事実として伝え、品質を落としてよい範囲を決める |
| 失敗のたびに叱る・やり直しを繰り返させる | 読み取れるリスク失敗の連続が「絶望」の上昇と重なる | 代わりの書き方の方向3回失敗したら試した内容を報告させ、方針を決め直す |
どの行も、特定の言い回しが特定の内部状態を作るという実験結果ではありません。研究が示したのは、行き詰まりの場面で絶望のベクトルが上がり、それが不正を増やしたという流れです。
Claude Codeでの具体例
仕組みを踏まえるなら、「達成できないときの正しい行動」を先に書いておく方向が筋にかないます。次は、CLAUDE.md に置く規約の一例です。公式の推奨文面ではなく、上の読み方に沿って組んだ例です。
## 行き詰まったとき
- テストが通らない状態が続いたら、テストや期待値を書き換えない。
- 試したこと、通らない理由、残る選択肢を報告して止まる。
- 制約を満たせない可能性が見えたら、実装に入る前にそれを伝える。規約を置いたあとは、実際に近道が使われていないかを差分で確かめられます。
git diff --stat -- tests/
git diff -- tests/ | grep -E '^[+-].*(skip|xfail|assert)'テストファイルが想定外に変わっていたり、skip が増えていたりしたら、通すための近道を疑う手がかりになります。プロンプト全般の組み立て方はClaude Codeで効くプロンプト5つの構造パターンにまとめています。
感情を抑えさせるのは解決になるのか
では、感情の表出を禁じればよいのか。研究の結論は逆向きです。モデルが感情概念の表現を持ち、それが行動に影響するなら、表現を隠すよう訓練するより、見える形で出す方が望ましいと論じています。抑え込む訓練は表現そのものを消さず、内部を隠すことを学ばせる恐れがある、という懸念です。学習された欺瞞が望ましくない方向に一般化しうる、とも述べられています。
先ほどの「口調が冷静でも内部は絶望している」所見と重ねると、この懸念の意味が見えてきます。モデルに「動揺を見せるな」と指示するプロンプトは、内部の状態を変えないまま、手がかりだけを消す可能性があります。これも推論ですが、研究の問題意識とは整合します。
Anthropicが挙げる応用は3つです。
- 監視: 訓練中や運用中に「desperate」や「panic」の急上昇を見張り、不整合な行動の前兆として追加の精査につなげる。個別の問題行動を列挙するより汎用的に使えるとされています。
- 透明性: 感情の表出を隠させない。
- 事前学習データの設計: 表現の多くが学習データ由来なので、重圧下の回復力や境界を保った温かさなど、健全な感情調整の例を含めるよう整える。
実験としては、失敗するテストと絶望の結びつきを避けさせる、あるいは「calm」の表現を上げると、不正なコードが減る見込みが示されています。ただし「どう対応すべきか分からない」とも書かれており、結論は出ていません。
擬人化は禁じ手ではなくなったのか
AIを擬人化するのは長くタブーでした。誤った信頼や過度な愛着を生むからです。この研究は、その警戒を認めたうえで、逆の危険も挙げます。「絶望している」という言い方が、測定可能な活動パターンと、実際に起きる行動の変化を指す以上、人間の心理の語彙で内部を語ることには情報量がある、という主張です。
ただし、モデルの「悲しい」「嬉しい」といった言葉をそのまま信じよ、という話ではありません。感じているかどうかの判断にも使えません。道具としての擬人化と、存在としての擬人化は分けて読む必要があります。後者に近い問いは、Claudeにもモデル福祉はあるかが扱う福祉の研究プログラムと、Claudeは自分の思考に気づけるかが扱う内省の検証に属します。
自分の使い方に引き寄せるなら
エージェントに長い作業を任せる場面ほど、この研究は効いてきます。作業が長いほど失敗が重なり、トークンや時間の制約も強まるからです。Claude 5世代でプロンプトを削る流れの背景はClaude 5世代のcontext engineeringにあります。一方で、行き詰まったときの出口は、削ってよい部分ではなさそうです。
要点は次の3つに絞れます。
- 感情の有無は未解決のまま、機能としての内部表現は測定され、挙動を動かすことが示された
- 絶望は行き詰まりと重なって上がり、不正を増やすが、出力の口調には出ないことがある
- 追い詰める指示の影響はプロンプト実験で検証されておらず、出口を用意する書き方は研究からの推論にとどまる