Claude Commercial Termsのチェックポイント — 日本企業法務向け
AnthropicのCommercial Terms of Serviceを、日本企業の法務担当が契約審査で確認したい契約主体・準拠法・秘密保持・補償条項の観点から読み解きます。
Commercial Termsは、誰との、どの契約か
Commercial Terms of Serviceは、AnthropicのAPIキーと、「これらのTermsを参照するその他のAnthropicの提供物」に適用される契約です。前文には「Services under these Terms are not for consumer use」とあります。claude.aiなど個人向けの提供物は、Consumer Termsの管轄です。
Team・Enterpriseの名前は、Commercial Termsの本文には出てきません。自社の契約がどちらの規約を参照しているかは、申込書面や注文書で確かめる必要があります。プランごとの適用関係はClaude法人プランの契約ガイドにまとめています。
見落としやすいのは発効のタイミングです。Effective Dateは、顧客が最初に電子的に同意した日と、最初にサービスへアクセスした日の「早いほう」と定められています。法務のレビューが終わる前に、現場がAPIキーを発行して試しただけでも、契約は成立している扱いです。審査の前に検証用キーが社内で動いていないか、先に棚卸しておくと話が早くなります。
もうひとつ、前文には「法人を代表して契約するには、その法人を拘束する法的権限が必要」という注意書きがあります。部署単位で作ったアカウントが全社の契約になりうる点は、権限規程と突き合わせる材料になります。
契約の相手方(定義上の「Anthropic」)は居住地で決まります。EEA(欧州経済領域)・スイス・英国の顧客はAnthropic Ireland, Limited、それ以外はAnthropic, PBCです。日本企業の相手は米国のAnthropic, PBCで、ここが準拠法と管轄の起点になります。
本文以外の文書も契約に入ります。M.9の完全合意条項は、次の文書を契約の一部として挙げています。Usage Policy、Supported Regions Policy、Service Specific Terms、DPA、Model Pricing Pageです。審査はこれらの文書まで含めて行う前提です。
稟議で聞かれる質問を、条文番号で引く
契約審査で社内から飛んでくる質問を、答えのある条文に対応づけると次のようになります。
| 稟議での質問 | 条文 | 答え |
|---|---|---|
| 日本法は適用されるか | 条文M.7.a | 答えされない。カリフォルニア州法 |
| 揉めたら日本の裁判所か | 条文J.2 / M.7.b | 答え仲裁が原則。仲裁外はカリフォルニアの裁判所 |
| 入力は学習に使われるか | 条文B | 答え使えないと定められている |
| 機密情報の扱いは | 条文E | 答えCustomer Contentが機密情報に当たる |
| 知財侵害で訴えられたら | 条文K.1 | 答えAnthropicが防御する。除外あり |
| 損害賠償の上限は | 条文L.3 | 答え直近の支払額が上限。補償は対象外 |
| 一方的に止められないか | 条文I.3 | 答え一定の事由で停止できる |
| 規約や料金は変わるか | 条文H.1 / M.3 | 答え掲載30日後か通知受領で変わる(H.1とM.3で文言が異なる) |
| 源泉税は誰が負担するか | 条文H.2 | 答え顧客が上乗せして支払う定め |
以降は、この表の中で日本企業の実務に響きやすい条項を深掘りします。
準拠法はカリフォルニア州法 — 日本法の出番はどこか
M.7.aのGoverning Lawsは、EEA・スイス・英国の顧客にはアイルランド法、それ以外のすべての顧客にはカリフォルニア州法です。同じ条文には、法の抵触に関する規定を適用しない旨も添えられています。日本企業は後者なので、契約の準拠法として日本法が選ばれる余地はありません。
とはいえ、日本法が契約と無関係になるわけではありません。D.1は、Anthropicには提供について、顧客には利用について、それぞれに適用される法令の遵守を求めています。データプライバシー法を名指しした条文です。日本企業が個人情報保護法などの国内法令を守る義務は、準拠法の選択とは別の層で残ります。
紛争解決は、段階を踏んで進みます。
紛争が起きたときの流れ(日本企業の場合)
- 1
紛争通知を出す
Disputeを提起する側が、相手に書面で通知します(J.1)。通知は電子的に送れます。ただし、仲裁の申立てに関する通知と、衡平法上の救済を求める通知は例外です(M.1)。
- 2
45日間は協議する
通知が届いてから45日以内に解決しなければ、どちらの当事者も仲裁に進めます。
- 3
サンフランシスコでJAMS仲裁
単独仲裁人が、JAMSのComprehensive Arbitration Rules and Proceduresで判断します。手続きの言語は英語です(J.2)。
- 4
仲裁判断の執行
仲裁判断は、管轄を持つ任意の裁判所で判決として登録できると定められています(J.2)。
J.2には、陪審裁判を受ける権利と集団訴訟に参加する権利を、法の許す限り放棄するという文言も含まれます。仲裁の対象外になる訴訟・手続きは、M.7.bによりカリフォルニアの連邦・州裁判所の専属管轄です。
通知の宛先も、実務で効いてきます。M.1では、通知は書面で行い、電子的に届けてもよいとされています。Anthropic宛てのアドレスはnotices@anthropic.comです。仲裁の申立てや差止めに関する通知は、電子送付の対象外です。通知が有効になるのは、相手が受領したときで、かつM.1の要件を満たしている場合に限られます。解約や紛争通知の社内手順に、この宛先と形式を入れておく必要があります。
データの扱い — 学習禁止と、顧客側に残る責任
B条は、Inputs(顧客の入力)とOutputs(生成結果)をあわせてCustomer Contentと定義します。顧客はInputsの権利を保持し、Outputsを所有します。Anthropicが持つOutputsの権利は、顧客が規約を守ることを条件に顧客へ譲渡されます。その上で、AnthropicはServicesのCustomer Contentでモデルを学習してはならないと定められています。
この条文は「to the extent permitted by applicable law」、つまり適用法令が許す範囲で、という留保付きで始まります。権利帰属の記述は絶対的な保証ではなく、法令が認める範囲での合意だという前提を、稟議の説明に添える必要があります。
データ提出時の処理条件は、本文ではなくDPA(Anthropic Data Processing Addendum)に委ねられ、参照によって契約へ取り込まれます。個人情報や機密データの具体的な扱いは、DPAまで読まないと確認できません。SCC(標準契約条項)やController/Processorの役割は、次の記事で扱っています。Claude DPAは何を定めるか — SCC組み込みだけでは日本のAPPI対応にならない理由
Anthropicが学習に使わないと定めた対象は、Customer Contentです。A.3のフィードバックは別の扱いで、顧客が任意に送った場合、Anthropicは自己の責任で、顧客への義務なしに利用できると書かれています。サポート窓口や評価フォームに自社の機密を書き込むと、Customer Contentの保護の外に出る可能性があります。送る内容の線引きは、社内ルールで決めておく範囲です。
顧客側の義務もあります。L.1で顧客は、Inputsをサービスへ提出するのに必要な権利と許諾をすべて持っていると表明し、保証します。D.3は、Outputsが自社の用途に適しているか、人の確認が要るかを評価する責任は顧客にあると定めています。事実の記述が誤りや不完全を含みうることを、顧客がユーザーへ通知する義務も同じ条文にあります。社内向けでなく顧客向けにClaudeを組み込む場合、この通知は利用規約や画面表示に落とし込む作業になります。
秘密保持は契約に組み込み済み — 例外と廃棄請求まで
E.1は、Customer Contentを顧客の機密情報と定めます。受領者は、開示者の機密情報を契約上の権利行使と義務履行にのみ使えます。共有できる相手は、知る必要のある従業員・代理人・アドバイザーで、本契約と少なくとも同等に保護的な守秘義務を負う者に限られます。保護の水準は、自社の機密情報と同じ方法で、かつ合理的な注意を下回らない程度です。
「同等以上」ではなく、「自社と同じ方法」と「合理的な注意を下回らない」の2本立てです。自社の管理が緩い場合に、合理的な注意という下限が効く構造になっています。別途のNDAがなくても、この条項で相互の秘密保持義務が成立します。
E.3の例外は定番の3類型です。公知になった情報、第三者から適法に得た情報、機密情報を使わずに独自に開発した情報は、機密情報に含まれません。法令や裁判所・行政機関の命令で開示が求められる場合は、開示できます。その場合も、禁止されていなければ開示者へ速やかに通知し、開示の防止や範囲の限定に協力する義務があります。
E.4の廃棄請求は、実務で使い道があります。受領者は、請求を受けたら機密情報を速やかに廃棄します。ただし法令順守のための保存と、自動バックアップ内のコピーは例外で、バックアップに残る間も守秘義務は続きます。契約を終えるときに「Customer Contentを消してほしい」と求める根拠条文はここです。
I.4は、E条の秘密保持を含む複数の条項が、契約終了後も存続すると定めています。解約すれば守秘義務も消える、とはなりません。
補償は相互だが、対象が非対称
K条の補償(Indemnification)は双方向です。内容をそろえて並べます。
誰が誰を防御するか(K.1・K.2)
Anthropicが顧客を防御
顧客の有償利用や、その利用で生成されたOutputsが第三者の知的財産権を侵害すると主張された場合です。有償利用には、Anthropicがモデルの学習に使ったデータも含まれる旨が括弧書きで明記されています。判決や、Anthropic承認の和解で仲裁人が認めた賠償額も補償されます。
顧客がAnthropicを防御
顧客やそのユーザーのInputs・提供データに関する第三者の請求と、Usage Policy・Service Specific Terms・D.4の利用制限に違反した利用に関する請求です。知財侵害に限らず、請求の種類は限定されていません。
非対称さは、K.3の除外に出ます。双方に共通する除外は、補償を受ける側の詐欺・故意の不正行為・法令違反・契約違反に起因する場合です。これに加えて、Anthropicの義務には次の除外が付きます。
- 顧客によるServicesやOutputsの改変
- Anthropicが提供していない技術やコンテンツとの組み合わせ
- 顧客のInputsやデータに起因するもの
- 他者の権利を侵害すると顧客が知っている、または知るべき利用
- Outputsに含まれる特許発明の実施
- Outputsを取引や商業で使った場合の商標侵害の主張
商標が除外に入っている点は、広告や商品名の生成にClaudeを使う部門にとって見逃せません。「組み合わせ」の除外は、RAGやエージェントで自社データや他社ツールとつなぐ構成が、どこまで補償の外に出るかという解釈の論点になります。この解釈は条文の文言だけでは決まらないため、契約交渉や個別確認の対象になります。
手続きはK.4が定めます。補償を受ける側は、請求を速やかに通知し、防御に合理的に協力します。補償する側が、弁護士の選任・訴訟方針・和解交渉を指揮します。通知や協力の遅れで防御に実質的な不利益が出た場合は、補償の義務が免除されます。補償を受ける側は、自らの非や責任を認める和解と、継続的な義務を負う和解を拒否できます。ただし、この拒否権を不合理に行使することはできません。社内で請求を受けたとき、Anthropicへ連絡する窓口と期限を決めておくことが、補償を受ける前提になります。
K.5により、この補償は、第三者の請求に関する限り、各当事者にとって唯一かつ排他的な救済手段です。補償の枠組みの前史はAnthropic API利用者向け法的保護拡充の内容とはにあります。
責任制限と、契約期間中に動く条項
L.3.aは、間接損害・特別損害・逸失利益・データの損失などを賠償の対象から外します。そのうえで、両当事者の責任を、顧客が直近12か月にServicesに対して支払った料金までに制限しています。L.3.bにより、この制限はK条の補償義務には及びません。上限の外側にある補償と、内側にある一般の損害賠償を、分けて考える必要があります。
L.2は、ServicesとOutputsを現状有姿(as is)で提供し、正確性・完全性・無謬性などを保証しないという免責です。D.3の通知義務とあわせて読むと、Outputsの誤りで顧客に損害が出ても、Anthropicへ請求しにくい構造だとわかります。
期限や数値は、条文に散らばっています。
条文に出てくる期限と上限
紛争通知後の協議期間
45日
J.1。解決しなければ仲裁へ
Anthropicの任意解約の事前通知
30日
I.2.a。顧客は日数の指定なし
責任上限の算定期間
12か月
L.3.a。直近の支払額
30日という期間が出てくる条文は3つあります。Anthropicの任意解約(I.2.a)、重大な違反による解約で是正を待つ期間(I.2.b)、規約更新の効力発生(M.3)です。顧客から任意解約する場合に、事前通知の日数は指定されていません。
停止については、I.3が利用の停止事由を定めます。サービスへの攻撃や危険、D.1・D.2・D.4の違反が合理的に疑われる場合、法令により提供が禁止される場合、提供コストが大きく増える場合が列挙されています。Anthropicが依存する第三者サービスを、ベンダーが停止した場合も停止事由に入ります。Anthropicは書面での通知に合理的な努力を払いますが、停止による損害やデータ・利益の損失への責任は負いません(I.3.b)。停止事由とは別に、H.3には未払いによる停止・解約の定めもあります。事業の基幹にAPIを置く場合は、停止の可能性を前提にした代替経路の設計が、契約の読み筋とつながります。
規約と料金の変更は、M.3とH.1が定めます。料金(H.1)は、掲載から30日後と、顧客が別途Noticeを受け取った日の早いほうに効力が生じます。規約本体(M.3)は、掲載または顧客へのNoticeから30日後に効力が生じると書かれ、H.1の「早いほう」という文言はありません。例外は、法令や規制の変更に対応した規約の更新で、掲載または通知の時点で即時に有効になります。変更は遡及しません。M.3は、書面で双方が署名しない限り、ほかの方法による契約の変更は効力を持たないとも定めています。
その他、見落としやすい条項を挙げておきます。
- G(Publicity): Anthropicは顧客の名称とロゴを、顧客として公表できます。顧客は、条文に示された申請フォームでオプトアウトできます。
- H.2(税): 料金に税は含まれません(インボイスに別段の定めがある場合を除く)。顧客が源泉徴収を行う場合、Anthropicが受け取る総額が変わらないよう、顧客が上乗せ(Gross-up Payment)して支払う定めです。租税条約で軽減や免除が可能なら、双方が誠実に協力するとも書かれています。国内の支払処理や税務の確認先に、この条項を伝える必要があります。
- M.4(譲渡): 双方とも相手の書面同意なしに権利や義務を譲渡できません。ただしAnthropicは、関係会社への譲渡や、事業全体またはほぼ全体の売却に伴う譲渡ができます。
- M.8(輸出管理): 米国法その他の国際法で禁止される人・国・用途へのアクセス提供は禁止されます。
商用利用の可否や生成物の権利は、プラン横断で見たClaude商用利用ガイドで扱っています。Service Specific Termsの個別条項はClaude Service Specific Termsの解説にあります。個人のPro/Maxと組織契約のどちらが適用されるかは、Claude Consumer TermsとCommercial Terms、どちらが適用されるかが切り分けの手がかりです。
まとめ
審査で時間をかけたいのは、補償の除外、停止時の免責、源泉税の上乗せ、通知先の形式です。条文を頭から眺めるより、稟議で聞かれる質問から逆引きして、残るリスクを社内の誰が受けるかを決める進め方が現実的です。