JICPAの監査AI研究文書が示すClaude活用と限界
JICPA研究文書第11号が整理した監査AIの利用領域とリスクを、Claudeで監査調書を扱う場合の契約条件に接続します。
日本の公認会計士協会であるJICPAのテクノロジー委員会は2024年8月13日、研究文書第11号「監査におけるAIの利用に関する研究文書」を公表しました。AIが使える領域と使えない領域、導入時の課題を整理した全40ページの文書です。生成AIを監査調書の作成補助に使う場面が具体例として挙がっており、Claudeを業務に組み込もうとする公認会計士・監査法人にとって、判断材料になります。
JICPA研究文書第11号は何を扱っているか
テクノロジー委員会は2019年1月に研究報告第4号「次世代の監査への展望と課題に係る研究文書」を公表し、AIが今後の監査に与える影響も扱っていました。その後、大手監査法人を中心にAIを使った監査ツールの開発と現場への導入が進んだため、理解を更新する目的でまとめられたのが第11号です。
構成は「はじめに」に続く4章です。AIの基礎知識、監査におけるAIの利用、利用に伴う課題、今後の会計士に求められる役割を順に扱います。会計基準そのものの差分整理はClaudeでJ-GAAPとIFRS差分チェックを行うプロンプト設計にあります。
対象は生成AIに限りません。不正仕訳の検知や証憑突合のような専用ツールを含め、監査で使われるAI全般が射程です。この記事で中心に読むのは、生成AIの利用例と、情報セキュリティのリスクを扱う部分です。
AIが担える業務と担えない業務はどこで分かれるか
研究文書は、監査業務を「AIができる・できない」と「AIがすべき・すべきでない」の2軸で見ています。概要資料の図では、単純作業と補助的な役割が利用しやすい側、監査上の判断や説明が困難なモデルが利用しにくい側に置かれています。
AIの利用しやすさ
利用しやすい
証憑突合の自動化、開示検証の自動化、調書のドラフト作成など、標準化できる作業と補助的な役割です。
利用しにくい
不正リスク仮説の作成や不正の特定のように、監査上の判断を伴う領域です。AIを使っても監査人の責任は軽くなりません。
標準化されていない作業にAIを当てると、手続が漏れる懸念があります。研究文書が挙げる例は証憑突合です。売上明細と注文書・検収書を突合するとき、特定の監査業務では売上の相手先の適切性も併せて検証していました。この作業をツールに任せると、その検証が抜け落ちます。
期間帰属の検証も同じ型です。期末前後で検収日付が一致するだけでは十分な監査証拠にならず、押込み販売が疑われる場合は、注文書の日付から検収までのリードタイムが合理的かまで見ます。
不正の検知についての記述は慎重です。公表されている不正事例は大規模で顕在化したものに限られるため、AIの利用はリスク評価手続の補助にとどめる、というのが研究文書の整理です。
AI監査ツールと生成AIを分ける2区分
研究文書は監査AIを大きく2種類に分けます。監査業務に特化して開発された「AI監査ツール」と、汎用の「生成AI」です。前者はデータ分析や自動化で監査手続を効率化し、後者は手続や判断そのものではなく、文書のドラフト作成や質問応答のような補助的な利用が想定されています。
生成AIの利用例は、図表7に5区分で載っています。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 調書作成補助 | 内容実施した監査手続と結果を入力し、調書様式に沿った文章を生成する |
| 調書査閲補助 | 内容複数の監査調書を読み込み、要約と矛盾点の抽出を行う |
| 手続実施補助 | 内容勘定科目や業界情報を入力し、想定される監査手続を提示させる |
| 情報収集補助 | 内容被監査会社のプレスリリースや同業他社の開示情報を収集・要約する |
| 資料作成 | 内容討議の音声データから議事録を生成する、業務記述書からフローチャートを起こす |
調書の査閲補助は、Claudeに複数の調書を読み込ませて矛盾点を挙げさせる使い方に近い作業です。情報収集補助は、Web検索を使える環境であれば、監査計画の段階で被監査会社のプレスリリースや同業他社の開示情報を集めて要約させる作業に当たります。
ただし研究文書は、これらを「あくまでも補助的な用途にとどめるべき」と書いています。どの監査手続を実施するかの判断と、調書作成の最終責任は監査人にあります。一方で、会計基準の検索や文章作成を独力で行う場合と比べ、大幅に効率化できる可能性があるとも書いています。
Claudeで監査調書を扱うとき契約条件をどう切り分けるか
研究文書がAIの利用で最も警戒するのは機密性です。監査人は被監査会社から機密情報の提供を受けるため、情報漏えいは所属事務所だけでなく監査業界全体の信頼を損ないます。生成AIについては「特に被監査会社に関する機密情報の入力は、適切な情報セキュリティが確保されていなければ行うべきではない」と述べています。
この要件をClaudeに当てはめると、確認する点は契約形態ごとに分かれます。
Claudeの契約形態と保持の扱い
商用製品(Claude for Work・API)
入力と出力は、既定ではモデルの学習に使われません。サムズアップ・ダウンで明示的にフィードバックを送った会話や、利用者が許諾した場合は学習に使われることがあります。フィードバックを送ると、関連する会話全体が最長5年間保存されます。TeamとEnterpriseプランのOwnerは「Rate chats」設定でメンバーのフィードバック送信を無効にできます。
API の ZDR
ZDR(ゼロデータ保持)を有効にした組織では、APIレスポンスを返した後にプロンプトと応答を保存しません。組織単位で有効にする仕組みで、営業窓口への依頼が出発点です。
Claude Enterprise の Claude Code
ZDRは別枠の提供で、条件を満たしたアカウントに限り、Anthropic側の個別の有効化が要ります。製品の標準プランに含まれず、管理画面からは有効にできません。
個人向け(Free・Pro・Max)
商用製品とは別の規約が適用され、ZDRの対象外です。Claude Codeを個人アカウントで使う場合も同じです。
保持期間は、学習利用とは別に契約で確かめる点です。ZDRはこの保持の面を詰める選択肢です。
ZDRにも範囲があります。Claude TeamsとClaude Enterpriseの製品インターフェース、Claude Console(playgroundを含む)、Claude Managed Agentsは対象外です。サードパーティのツールが処理するデータも対象外になります。Claude Codeでは、ポリシー違反としてフラグが付いた場合、ZDRの組織でも関連する入出力が最長2年間保持されることがあります。契約形態ごとの適用範囲はClaude Zero Data Retentionが有効になる契約形態の切り分けに詳しくあります。
Claude Codeの側でも条件があります。個人アカウントや別組織のAPIキーでサインインしたセッションは、ZDR組織の保護を受けません。組織のログインを縛るには、管理者向けのforceLoginMethodとforceLoginOrgUUIDを使います。Claude Codeを事務所で配布するなら、このログイン制限が契約と運用をつなぐ部分です。
モデルによってはZDRが使えない
見落としやすい条件が、モデル側の保持要件です。「Covered Models」に指定されているのは、Claude Fable 5.1、Claude Mythos 5.1、Claude Fable 5、Claude Mythos 5です。30日間のデータ保持が必須です。Anthropicが個別に認めない限り、ZDRのもとでは使えません。
たとえばClaude Fable 5では、保持の設定がこの要件を満たさない組織から呼ぶと、APIは400のinvalid_request_errorを返します。メッセージは次のとおりです。
In order to access this model, your organization or workspace must have data retention enabled.
ZDRを結んだ組織でも、特定のワークスペースだけ30日保持を有効にしてこれらのモデルを使えます。ほかのワークスペースはゼロ保持のままです。監査事務所なら、機密性の高い案件のワークスペースはCovered Modelsを避けてZDRを維持し、調査用のワークスペースだけ30日保持にする、という分け方ができます。
研究文書のリスク表とClaudeの対応関係
研究文書は図表12で、生成AIの利活用に伴う情報セキュリティリスクを入力データと出力データの別に整理しています。
| リスクの所在 | 研究文書が挙げるリスク | 低減策 |
|---|---|---|
| 入力 | 研究文書が挙げるリスク機密情報・個人情報を配慮せず入力してしまう | 低減策教育、リテラシー強化、NGワードのブロック制御 |
| 入力 | 研究文書が挙げるリスク生成AIの学習データに利用されてしまう | 低減策学習データとしない契約の生成AIを使う |
| 出力 | 研究文書が挙げるリスク回答に他社の機密情報が含まれていて気づかない | 低減策信頼性の高い生成AI、利用側に有利な約款 |
| 出力 | 研究文書が挙げるリスク出力内容をコントロールできない | 低減策同上 |
| 出力 | 研究文書が挙げるリスク著作権や知的財産権を侵害する出力がされる | 低減策同上 |
| 出力 | 研究文書が挙げるリスク入力した機微情報が第三者への回答に使われる | 低減策同上 |
| 入出力 | 研究文書が挙げるリスク提供事業者側の設定不備で意図しない処理や漏えいが起きる | 低減策同上 |
契約だけで答えが出る行は、学習利用の行です。これは商用契約の既定とZDRが直接答える部分で、Claudeの設定画面や契約書で確かめられます。出力側の4行について研究文書は、約款の選定を低減策に挙げつつ、サービス提供側を利用側でコントロールするのは困難だとしています。契約条件だけでは消えず、出力を人が吟味する運用で受け止める領域です。
入力側の対策とガバナンスは事務所の仕事です。ガバナンスの考え方として研究文書は、マニュアルの策定、継続的な教育、利用のモニタリングに加え、AI関連法規制の遵守(EUのAI規制案の採択に言及)を挙げています。モニタリングでは、不適切な情報が入力されていないか、出力の使い方がルールに沿っているかを見て、不備があれば是正します。
利用ログの確認にはClaude監査ログの見方が使えます。
中小監査事務所にとってClaudeはどう位置づけられるか
研究文書は、AI監査ツールの開発・導入で中小監査事務所が直面する課題を別立てで論じています。開発には目標設定、データ収集、前処理、チューニング、訓練と評価、再チューニングが要り、小規模でも数か月の工数を見込みます。大規模事務所はグローバルファームとの連携で進めていますが、それでも安価ではなく、中小事務所が単独で開発費を負担するのは容易ではありません。
課題は費用だけではありません。中小事務所は専門家と事務スタッフを合わせて数十人から数百人で業務を回しており、AI人材の育成には時間がかかります。学習に使うデータも問題で、被監査会社が小規模だと、必要なデータ量やデジタル化の水準を満たせないことがあります。研究文書はこれに対し、複数事務所による共通プラットフォームや共同利用を挙げています。
生成AIはこの構図と事情が異なります。研究文書は、利用にデータやプログラミングの知識が要らず、AIの専門家でなくても使える点を特徴として挙げています。調書のドラフト作成や情報収集の補助なら、Claudeの契約を結ぶだけで着手できます。専用ツールのように、学習データの用意や開発人材を先に確保する必要がありません。
ただし「誰でも使える」ことは、不適切な入力も誰でもできることを意味します。研究文書が、利用に関する規則を各監査事務所で定めることを重視するのはこのためです。情報セキュリティの確認は、事務所の規模にかかわらず同じように必要です。仕訳CSVに条件を指定して該当行を出す具体例は、仕訳データの異常検知をClaudeでにあります。
独立性と専門性はAI普及後も会計士に残る
研究文書の後半は、AIが普及した後に会計士へ残る役割を論じています。中心は独立性と専門性です。AIモデルは統計的に処理されるため、100%の信頼性を保証することは不可能なケースが多く、ブラックボックス性から入出力に基づく評価が信頼性確認の中心になります。そこで、リスクの程度によっては、各企業の自主的なチェックだけに任せず、独立した第三者が信頼性を付与する必要がある、と整理されています。
生成AIの出力の扱いにも同じ考え方が及びます。研究文書は、生成AIが文章の意味を理解しているわけではなく、確率の高い回答を用意しているにすぎないと書いています。知識が不十分な分野のアウトプットほど鵜呑みにしやすい点も指摘しており、日々の専門分野の知見の蓄積が出力を吟味する力になります。Claudeが作った調書のドラフトは、内容の正確性を判断する監査人が仕上げて初めて成果物になります。
もう一つ、制度側の記述があります。監査基準報告書315「重要な虚偽表示リスクの識別と評価」は「自動化されたツール」に触れていますが限定的で、近年発展した生成AIには必ずしも触れていない、という指摘です。AI監査ツールの活用では、監査基準等との適合性の説明責任が監査実施側に求められます。
求められるスキルの筆頭はAIリテラシーです。AIに何ができて何ができないかを理解することに加え、AI利用の目的は会計士が定める、という点が強調されています。既存業務を置き換えるのか、品質を補強するのか。研究文書は、目的をAIが授けてくれることはないと書いています。
まとめ
Claudeを監査調書の作成・査閲補助に使う場合、契約で確かめられるのは学習利用の有無と保持期間までです。出力の誤りや権利侵害は契約では消えないので、監査人の吟味で受け止めることになります。
米国側の議論との比較は米国CAQ「生成AIの時代の監査」を監査法人のClaude運用設計に読み替えるにあります。