FISCが示す金融機関のAI利活用と安全対策の考え方
FISCの考察が挙げる情報漏洩・シャドーIT・ハルシネーションの課題と対応策を、金融機関がClaudeを導入する際の設定にどう落とし込めるか整理しました。
金融情報システムセンター(FISC)が公表した「金融機関によるAIの業務への利活用に関する安全対策の観点からの考察」は、金融機関が生成AIを業務に取り入れる際の課題を整理しています。業界団体側の実践事例集はFDUA生成AIガイドラインに見る金融機関のガバナンス設計で扱っています。分類の軸は情報セキュリティ面と倫理面の2つです。FISCは金融機関等コンピュータシステムの安全対策基準を策定してきた団体で、考察もリスク管理や監査の目線で書かれています。金融機関のリスク管理部門がベンダー選定や利用ルール策定に使える論点が並んでいます。ClaudeでこのFISCの課題認識にどこまで対応できるかを、考察の構成に沿って見ていきます。
FISCが分類する生成AIの利活用課題
FISCの考察は、情報セキュリティ面の課題を「情報漏洩」「仕様・設定等」「モニタリング」の3つに、倫理面の課題を「虚偽情報の生成」「人権侵害」「説明力・納得感」の3つに分類しています。情報漏洩の課題として挙げられているのは、プロンプトに入力された情報が生成AIの機械学習に利用されることで、他の情報と統計的に結びつき、意図しない情報漏洩につながる可能性です。この論点への考察としてFISCは「セキュリティ要件を満たすことが困難な場合、生成AIにおいて機密性が高い情報を取り扱うことは適当ではない」と明記しています。
仕様・設定等に関する課題では、事業者が提供するサービスの仕様理解の重要性が強調されています。FISCは、事業者が提供する生成AIサービスについて「30日監視保有の仕組みや、クラウド環境が設けられるリージョン(海外/国内)などの各種仕様について十分な理解が求められる」としています。オプトアウト設定やプロンプトに対する制御方法(ルール化・フィルタリング・テンプレート等)の理解も、利用者側に求められる要素です。
もう一つ実務上重要なのが「シャドーIT」への言及です。FISCは「組織の許可を得ずに、職員等が生成AIサービスを業務に利用する、いわゆる『シャドーIT』は、組織として誰がどのように使用しているか等の管理・統制がとれなくなる可能性があり、情報漏洩等のリスクが高まるため、適当ではない」としています。個人のClaude.aiアカウントでの利用と、組織管理下のClaude Enterpriseでの利用が混在する状態は、この課題がそのまま当てはまる典型例です。
FISCが挙げる金融機関のAI利活用事例
考察は金融機関のAI利活用事例を、予測・提案・決定を行う「従来型AI」と、画像・文章等を生成する「生成AI」の2種類に分類しています。従来型AIの事例には、住宅ローン審査や法人向けオンライン完結型融資での与信判断、消費性カードローンの申込予測、保険金不正請求の早期検知が挙げられています。いずれも定量データや取引履歴を学習させたモデルによる判断支援で、生成AIとは性質が異なるリスクプロファイルを持ちます。
生成AIの事例としては、業者が提供するLLMを使ったAIチャットサービスによる業務文書・メール文案の作成支援、文書のチェックや翻訳支援、企画・アイデア出し支援、長文の要約、コード生成支援が挙げられています。FISCはこれらのうち一部を実際の利活用事例、一部を将来的な利用可能性を見極める実証実験段階と位置付けており、金融機関の生成AI活用はまだ実証段階にとどまるものが多いという実態認識を示しています。この分類は、金融機関がClaudeの導入範囲を検討する際に役立ちます。「与信判断のような従来型AIの領域に踏み込むのか、文書作成支援のような生成AIの領域に留めるのか」を切り分ける参考になるためです。
Claudeの設定でどこまで対応できるか
FISCが挙げる「30日監視保有の仕組み」への対応は、AnthropicのZero Data Retention(ZDR)が該当します。Anthropicの公式ドキュメントによれば、ZDR契約下ではAPIレスポンスを返した後、プロンプトと生成結果を保管(at rest)しないとされています。ただしZDRは管理コンソールから利用者側で切り替えられる設定ではなく、組織ごとにAnthropicの営業チームへ申請して有効化してもらう契約です。またClaude TeamsやClaude Enterpriseの製品インターフェース自体はZDR対象外で、ZDRが及ぶのはClaude API(Claude Platform on AWS経由を含む)と、Claude Enterprise経由でZDRを有効化したClaude Codeに限られる点は導入検討時に確認が必要です。「クラウド環境が設けられるリージョン」の確認についても、Claude Platform on AWSは第一者のClaude APIと同じデータ保持ポリシーに従うとされており、AWS経由かどうかで取り扱いが変わるのはAnthropic自社インフラとの違いというより、Amazon BedrockやGoogle Cloudのように提供元(クラウド事業者)がデータ処理者になる経路との違いです。ZDRの対象範囲や、保存自体は許容するHIPAA readinessとの違いはClaude APIのZDRとHIPAAのデータ保持ポリシー比較で解説しています。
シャドーITへの対応は、技術設定というより組織のガバナンス設計の問題です。Claude Enterpriseは組織単位でユーザーを管理し、管理者が利用状況を把握できる構成になっているため、個人アカウントでの業務利用を許容しない運用ルールとセットで導入することで、FISCが問題視する「誰がどう使っているか分からない」状態を避けられます。オプトアウトやプロンプトに対する制御方法は、前述の通りClaude Enterpriseの管理コンソールではなくAPI側の契約(ZDR等)で担保する部分が大きいため、導入時にどの機能がどちらの管理単位に属するかを整理しておく必要があります。
FISCが倫理面の課題として挙げる「説明力・納得感に関する課題」への考察は、「生成AIがどのような情報を用いて回答を作成したのかを、参照元を明示させるなど、人間が目で見て分かるようなフィードバックの仕組みを活用することは有効である」というものです。Claudeの機能で見ると、Web検索やResearch機能を使った際の引用表示、ファイル読み込みを伴う回答での出典明示がこれに対応します。ハルシネーション対策としてFISCが求める「生成AIの回答が正当か、ハルシネーションではないか等について、入念に確認する必要がある」という点は、ツール側の設定では解決できない運用上の確認プロセスとして、金融機関側に残る責任です。
4分類の対応策とClaude導入プロセスの対応
FISCは金融機関が取り組むべき対応策を4つに分類しています。①AI利活用に係る方針策定及び態勢整備、②AIの適切な利用・運用管理、③AIに係る安全対策、④AIに係る教育・注意喚起等です。①では、AI利活用の目的と方針を定め、リスク管理・安全対策の観点を盛り込んだ社内規程を整備することが求められます。Claude導入の文脈では、どの業務にどの利用形態(Claude Enterprise/Claude Platform)を使うかを事前に定義し、BAAやZDRの要否を業務内容ごとに判断する社内基準を作ることがこれに対応します。
②の適切な利用・運用管理では、AIから生成されたアウトプットの妥当性・法令適合性・正確性の確認方法を規定することが求められています。金融機関がClaudeを与信判断や顧客対応の下書き作成に使う場合、生成結果を人間がレビューするプロセスをどこに置くかは、この対応策が求める「運用管理方法の規定」の中核部分です。③の安全対策は、情報漏洩防止とサイバー攻撃への耐性の両方を指しており、ZDRやアクセス制御、監査ログといったAnthropic側の技術的措置と、金融機関側の利用ルールの両輪で対応する構成になります。④の教育・注意喚起は技術設定でカバーできない領域で、職員が生成AIサービスの特性(学習への利用有無、機密情報入力のリスク)を理解した上で使うための研修が該当します。
金融機関の実務担当者が確認すべき順序
FISCの考察を踏まえてClaude導入を検討する場合、確認の優先順位は次のようになります。まず、業務で扱う情報の機密度を踏まえて、個人アカウントでの利用を許可しない組織的な利用体制(Claude Enterprise)を整えること。次に、機密情報を扱う業務ではZDRの有効化を前提にすること。そのうえで、生成結果を業務プロセスにそのまま流用せず、人間によるレビューを挟む運用ルールを定めること。最後に、これらのルールを職員に周知するための教育を継続することです。金融機関のClaude活用実務全般は金融業界のClaude活用ガイド、導入事例の横断比較はClaude金融導入事例で扱っています。
モニタリングの困難さをどう補うか
FISCが挙げる課題のうち、実務上もっとも解決が難しいのが「モニタリングに関する課題」です。考察は、生成AIにプロンプト入力された情報・学習に利用される情報・生成された回答のそれぞれについて、情報の正確性・正当性・妥当性やプロンプトインジェクションの有無を常時モニタリングすることが望ましいとしつつ、「人手による十分なモニタリングは困難である」と率直に認めています。この課題への考察として、生成AIの利用形態や運用形態そのものを検討する必要がある、という方向性が示されています。
Claude Enterpriseの管理コンソールは、組織単位での利用状況の把握機能を持ちます。ただし個々のプロンプト内容を職員一人ひとりについて常時人手でレビューする仕組みではありません。FISCの考察が示す通り、モニタリングの限界を前提にした設計が現実的です。機密性の高い情報を扱う業務ではそもそも生成AIへの入力対象から外す、あるいは入力前にテンプレート化・フィルタリングされた形式に限定するといった、入力段階での制御に重心を置く方向になります。
まとめ
FISCの考察が示す情報漏洩・シャドーIT・ハルシネーションといった課題は、Claudeの技術設定(ZDR、Claude Enterpriseの組織管理)だけで解決できる部分と、金融機関側の運用ルール・教育で埋めるべき部分に分かれます。特にシャドーITと生成結果の妥当性確認は、ツールの設定変更では代替できない組織的な対応が前提です。FISCが提示する4分類の対応策は、Claude導入を検討する金融機関がベンダー選定と並行して社内規程を整備するためのチェックリストとして読み替えられます。