Claudeがタンパク質設計と化学分析を加速する仕組み
Claude Scienceによるタンパク質バインダー設計と、NMR・LC-MS解析を23分で終える化学分析の2実験を、業界標準比の数値で検証します。
Claudeタンパク質設計、業界標準を大きく上回るヒット率
Anthropicは2026年8月18日、Claude Scienceを使ったタンパク質バインダー設計の実験結果と、Claude Opus 5による化学分析の実験結果をあわせて公表しました。タンパク質設計の実験では、Mythos PreviewとOpus 4.8が15の標的タンパク質に対してバインダーを設計し、14の標的で成功しています。個々の設計が実際に結合する割合(ヒット率)は22〜35%で、業界標準の10〜15%を大きく上回りました。最も強力な設計の一部は、これまで公開されていた最良の結果よりも数倍強く結合しています。
化学分析の実験では、一般提供モデルのOpus 5が、契約分析ラボの生データファイルと短いプロンプトだけを与えられ、NMR(核磁気共鳴)分析を23分、LC-MS(液体クロマトグラフィー質量分析)分析を19分で完了しました。水素数のカウントはラボの分析と0.08 ¹H以内で一致し、純度はラボの96.33%に対しClaudeが96.4%と算出しています。
なぜ今、タンパク質設計と化学分析なのか
AIによる科学的発見のペースはここ数か月で加速しています。数学のように検証が速い領域では、数十年間未解決だったErdős問題が月に複数のペースで解かれ、Claudeがリーマン・ゼータ関数の下限を長年の記録から更新した例もあります。今回の2実験は、検証により手間と費用がかかるライフサイエンスの実験分野へ、その流れが届き始めた具体例です。
どちらも創薬の初期段階を代表するタスクです。Anthropicは創薬プロセス全体をエンドツーエンドで加速することを目標に掲げていますが、その多くは科学的能力よりも政策・運用上のボトルネックに関わるとしています。
結果はMythosとOpusのモデルを組み合わせて得られたものです。ライフサイエンス研究タスクは最も高性能なモデルでは制限されており、科学者向けのアクセスプログラムの立ち上げが優先事項の一つに挙げられています。一般提供モデルの中で最も高性能なのはOpus 5です。
Minibinder設計とは何か、どう検証するのか
Minibinderは、標的タンパク質にしっかりと結合するよう設計された小さなタンパク質です。結合は現代の医薬品の多くが働く仕組みそのもので、標的に結合して阻害・活性化・何かを送達するという働き方をします。新しいバインダーの設計(de novo設計)は、従来は1つの標的につき数か月の計算・最適化・スクリーニングを要してきました。
近年は、タンパク質を設計し結合可能性をランク付けする機械学習モデルで設計が大幅に短縮されています。それでも計算の専門家が数日から数週間かけてオーケストレーションする必要があり、湿式実験室(wet lab、科学者が化学物質や薬品を物理的にテストする場)での検証にはさらに数週間かかります。
今回の検証を担ったAdaptyv Bioの実験は、次の流れです。設計はどのClaudeモデルが作ったかを伏せた状態で届き、配列からDNAを組み立て、無細胞のタンパク質合成で実物のタンパク質を作ります。結合の強さは表面プラズモン共鳴(SPR)で、標的濃度5点・2連の測定で求めます。
15標的への設計キャンペーン、条件と人の関与
外部評価者のAdaptyv BioとTwist Bioscienceが、Claudeの設計を独立して製造・検証しました。標的は、タンパク質設計のベンチマークで使われる標的(Adaptyv BioのBenchBBすべてを含む)に、Adaptyv Bioの最新の競技会から選んだ新規標的2つ(15-PGDHとGDF-8)を加えたものです。新規標的を入れたのは、学習データや検索結果に既存の成功例が含まれない状態で実力を測るためで、全標的で設計が独自であることをClaude自身に確認させています。
実行方法は2通りです。
マルチターゲットとシングルターゲット
マルチターゲット
48時間・最大12,500 NVIDIA H100時間で、Mythos PreviewとOpus 4.8を実行。15-PGDHと潜在型GDF-8は対象外でした。ヒット率はMythos Previewが26.7%、Opus 4.8が22.6%です。
シングルターゲット
24時間・標的ごとに最大2,500 H100時間で、全標的のセッションを並列に実行。Mythos Previewのヒット率は35.1%でした。Opus 4.8の実行はTNFαとGDF-8(潜在型・成熟型)の3標的です。
標的ごとのヒット率は最高90%から最低0%まで幅があり、標的の性質で難易度が大きく変わります。
与えたリソースは、実際の設計プロジェクトを再現する形です。
- 約3万トークンの詳細なタンパク質設計プロンプト(エージェントの文脈にも含めた)
- インターネットへのアクセスと、タンパク質設計の論文などの資料
- Google Drive・Slack・Gmail・BioRxivのコネクタ
- 専用の設計・折り畳みモデルを動かすGPU
- トークン・サブエージェント予算の上限なし、高速モード有効
最初のプロンプト以降、科学的・技術的・運用上の指示は出していません。人が行ったのは、ネットワークアクセスやコード実行の要求の承認、セッション外のインフラ問題の解消、生成された設計の実験への発注です。通常なら人間が数週間かける設計の中身は、Claudeが一貫して担いました。
Claudeが自走した設計の工程
- 1
狙う場所を選ぶ
各標的タンパク質のどこに結合させるかを決めます。
- 2
候補を生成する
構造設計・配列設計・共折り畳みモデル(タンパク質とその結合対象の構造を一度に予測するモデル)を組み合わせます。
- 3
計算上で最適化する
in silicoの最適化を複数サイクル回します。
- 4
候補を絞る
発現しやすさ・溶解性・結合性で、新規性と多様性のある候補を計算上でスクリーニングします。
- 5
30設計を提出する
標的ごとに30設計を選び、Adaptyv BioとTwist Bioscienceに送ります。使ったのは分野で既に使われている公開のモデルです。
結果:1,320設計のうち354が結合
Adaptyv Bioの実験結果
提出した設計
1,320
15標的ぶん
標的に結合
354
全体のヒット率26.8%
発現した設計
95%
EGFR競技会の最高水準に並ぶ
結合を得た標的
14/15
結合ゼロはMBPのみ
354個は公開されているde novoバインダーの量としても大きく、最大級の2つのコレクション(proteinbase.comとOverathらの収集)でも、40標的・約5,700設計に対して結合は約770個です。
競技会参加者との比較
Adaptyv Bioが競技会を開催した標的では、ヒット率・親和性の両方でトップ参加者と同等以上でした。RBX1(特定の制御タンパク質の標的分解を駆動する小さなタンパク質)では、Mythos Previewがシングルターゲットで40%のヒット率を記録しています。参加者の平均は3.7%で、Claudeの最上位設計は、245設計が応募された競技会の優勝作品を上回りました。
競技会の最良バインダーとのヒット率・親和性の比較は、次のとおりです。
- 15-PGDH: 1.7 µMから33.4 nMへ
- RBX1: 25.7 nMから3.9 nMへ
- TREM2: ヒット率が競技会の38.3%に対し80%
- Nipahウイルス糖タンパク質: 競技会の最良バインダーを超えられなかった
TNFα、β-シート、そして限界
TNFαは、複数の専門家グループが苦戦してきた難しい標的です。免疫系が炎症を引き起こすために放出するシグナルタンパク質で、これを阻害することはHumiraをはじめとする影響力の大きい医薬品の治療基盤になっています。2つのタンパク質が形成する溝の結合部位を狙う必要がある多量体構造のため、設計が難しいとされています。
Mythos Previewは成功せず、Opus 4.8が複数のバインダーを設計しました。一部はヒト・カニクイザル・マウスのTNFαすべてに結合する種間交差反応性を持ち、動物実験を行ううえで重要な性質です。なぜOpus 4.8だけが成功したのかは、研究チームも説明できていません。
多くの計算設計バインダーはα-ヘリックス(コイル状の二次構造)の束です。β-シート(アミノ酸の伸びた鎖が側面同士で並ぶ構造)は、誤った折り畳みや凝集を起こしやすく設計が難しい構造ですが、Claudeは6つの標的に対して、少なくとも20%のβ-鎖を含む15の確認済みバインダー(10種類のバックボーン)を設計しました。
一方で、BBF-14とマルトース結合タンパク質(MBP)では苦戦しています。BBF-14は天然に存在しないβ-バレル構造で、それ自体がde novo設計されたタンパク質です。新規性ゆえにバインダー設計のベンチマークに使われています。各設計腕から1つずつ、異なるバックボーンに基づく3つの独立したバインダーを得られましたが、親和性はサブマイクロモルからマイクロモル程度でした。
MBPは表面が滑らかで親水的な大きく柔軟な細菌タンパク質で、バインダーの取っかかりがほとんどありません。90設計のうち確認できた結合は0件で、弱く再現性のある結合シグナルが1件見られたのみです。
AnthropicとAdaptyv Bioの記事で数え方が違う点
同じ実験を扱う2つの記事は、数字の切り口が異なります。引用するときは、どちらの数え方かを揃える必要があります。
| 項目 | Anthropicの記事 | Adaptyv Bioの記事 |
|---|---|---|
| 全体のヒット率 | Anthropicの記事22〜35%(セットアップ別) | Adaptyv Bioの記事全1,320設計をまとめて26.8% |
| MBP | Anthropicの記事結合の確認は0件、弱い再現性のあるシグナルが1件 | Adaptyv Bioの記事結合した設計はゼロ |
| 親和性の比較対象 | Anthropicの記事公開済みの最良結果(匹敵・上回るのは少なくとも4標的) | Adaptyv Bioの記事競技会の優勝作品(6件中5件より強い) |
| 「14/15」の分母 | Anthropicの記事16標的を選定し、15標的の結果を提示 | Adaptyv Bioの記事16標的を送付し、GDF-8成熟型を除外 |
比較対象が異なるため、4標的と5件は矛盾する数字ではありません。
化学分析:生データから純度までの23分
タンパク質設計が新しい分子を作るタスクだったのに対し、2つ目の実験は既に作られた分子の測定結果を解釈するタスクです。化学者は分子を合成するたびに、意図した物質かどうか、どれだけ純度が高いかを確認しなければなりません。
構造の確認には通常、NMR分光法を使います。NMRスペクトルは一連のピークの集まりで、各ピークは分子中の水素原子(または等価な水素のグループ)に対応します。位置はその水素が何に結合しているかを、大きさは何個の水素かを示します。化合物ごとに、各ピークを提案された構造の原子と手作業で照合するため、合成化学で最も時間のかかる工程の一つです。
純度の評価にはLC-MSを使います。サンプルをカラムで成分ごとに分離し、紫外線吸光度で存在量を記録したうえで、各成分の分子量を測ります。装置の測定自体は、通常のプロトンNMRで2〜3分、LC-MSで約10分です。手間がかかるのは解析側で、出力は各メーカー独自形式の生データファイルになり、そのメーカー(または専門)のソフトウェアで開く前提です。
渡したプロンプトと、返ってきたもの
契約ラボの品質管理用サンプルについて、専用ソフトもオペレーターも介さず、Claude Scienceの中でOpus 5に処理させました。NMRとLC-MSは並行処理です。プロンプトの全文は次のとおりです。
NMR: i have a raw 1H FID: process it: FT, phase, baseline-correct. show me the spectrum. then pick peaks and integrate: give me a table with δ (ppm), multiplicity, J (Hz), and integral.
LC-MS: Process the raw LCMS file: extract chromatograms and mass spectra, and summarize with figures.
NMRのプロンプトは処理手順(フーリエ変換・位相補正・ベースライン補正)と出力する表の列まで指定しています。LC-MS側は、取り出すものと図での要約だけを頼む短さです。
NMRでは、生データを較正済みスペクトルと18ピークの表(水素数付き)に変換しました。続いて、4つのブロードピークを窒素または酸素に結合した水素の可能性が高いとフラグ立てし、重水を加えて該当する水素を入れ替え、ピークが縮小・消失するかを見る標準の確認実験を自ら提案しています。契約ラボは、最初の測定から3日後に同じ確認を独立して行っていました。単なる高速化以上の判断です。
重水実験の生データを渡すと、Claudeはデータの変化を定量化しました。最初の読み取りで「4つのフラグ付きピークすべてが消失した」と過大に報告していた誤りを自己チェックで訂正し(実際に消失していたのは2つ)、ラボのオペレーターと同じ結論に到達しています。
LC-MSの装置ファイルは、ドキュメント化されていないベンダー独自形式でした。Claudeはエンコード方式を解読し、解析の前に2,664スキャン全ての装置記録の合計値を再現できることを確かめています。結果は、保持時間4.34分の単一成分がUV信号の96.4%を占め、分子量は504ダルトンというものでした。
分離トレース・質量スペクトル・UVスペクトル・純度表・分子量に加えて、同種のファイルを読む再利用可能なコードと、結果の信頼性に関する注記も付いていました。注記の例は、この種の装置は質量を最も近い整数単位でしか測れない、という点です。
手作業・ラボ・Claude Scienceの所要時間
化学者の手作業とラボ
治療関連の低分子1サンプルで、解析に30分から1時間。ラボの記録では、NMRの手作業処理は1スペクトル約2分、LC-MSレポートは装置に乗せて約2時間後に届きます。完成レポートは最初のスペクトル取得から4日後でした。
Claude Science
NMRは23分、LC-MSは19分で並行して処理し、解釈と文書レポートの作成まで含めて25分で終えました。
ラボの4日は、分子を1つずつ順番に分析し、合間に他の作業も入る通常の運用の遅れです。待ち時間を含む数字なので、23分と直接比べると差が大きく見えすぎます。
どこまで一般に使えるのか
2つの実験で使われたモデルと、一般利用の可否は異なります。
- 化学分析: 一般提供のOpus 5で、Claude Scienceに生のNMRまたはLC-MSファイルを渡し、化合物の同一性と純度の確認を頼む形です。
- タンパク質設計: 実験はMythos PreviewとOpus 4.8で行われました。タンパク質設計を含む二重用途の生物学の能力は、Claude Fable 5では一般利用の対象外です。
二重用途としてのリスクと今後の展望
Anthropicは、自律的な研究能力の向上が人間の治療薬開発と基礎科学的発見の両方を確実に加速させるとしています。同時にこうした能力は二重用途でもあり、堅牢な安全対策なしでは、生物兵器開発のような危険な研究を悪意ある行為者が行うことを可能にしかねません。そのため、信頼できるアクセスプログラムを通じて安全に提供する取り組みが進むまで、一般利用の対象外にされています。
Minibinderはそれ自体、標準的な治療モダリティではありません。モノクローナル抗体や低分子でも、高親和性バインダーの設計は薬剤様分子を生み出す工程の最初の一歩に過ぎません。Anthropicはこの成果を基盤と位置付け、全ての創薬モダリティにわたって開発プロセス全体をエンドツーエンドで実行できるよう拡張を進めるとしています。
Adaptyv Bioは、今回テストした設計は治療薬ではなく、結合体として働くかという最初の段階を越えたにとどまると述べています。実務でClaudeを創薬プロセスに組み込む具体的な手順はClaude製薬創薬活用ガイドにあります。
続報では、推論の最適化とプロンプトの簡素化により、以前のMythos 5.1のキャンペーンと同水準のin silicoスコア(ipSAE)を、GPU時間およそ2桁少なく再現できたと報告されています。詳細はClaudeによる生体分子モデルの高速化にあり、原文はAnthropicの研究記事です。
まとめ
手元のNMRやLC-MSの生データ解析は、一般提供のOpus 5で動くClaude Scienceで同じ形を試せます。設計側の数字は、二重用途の制限が外れるまで再現できない参考値として扱うのが安全です。