Claudeの医療機関向けBAAと3省2ガイドラインの要件を突き合わせる
3省2ガイドラインが医療機関に求める事業者選定・契約・責任分界の各要件と、AnthropicのBAAが実際にカバーする範囲を項目ごとに突き合わせます。
3省2ガイドラインとBAAの突き合わせがなぜ必要か
3省2ガイドラインは1つの文書ではありません。医療機関側に向けた厚生労働省「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」(第6.0版)と、システム関連事業者側に向けた総務省・経済産業省「医療情報を取り扱う情報システム・サービスの提供事業者における安全管理ガイドライン」(第2.0版)の2文書を指します。「3省2ガイドライン第6.0版」とひとくくりに語られることがありますが、版数が6.0なのは厚労省側だけで、事業者側は2.0版です。
医療機関がClaudeでPHI(保護対象となる医療情報)を扱う前提として、BAA(Business Associate Agreement、事業提携契約)を締結することがあります。BAA自体の対象プラン・有効化手順・機能ごとの適用範囲はClaude EnterpriseのBAA締結 — 医療機関の前提条件で扱っています。本記事は、厚労省ガイドライン第6.0版の経営管理編が医療機関に課す要件のうち、事業者選定・契約管理・再委託・責任分界の4項目を、BAAとAnthropicの公開情報に照らして1つずつ突き合わせます。
認証の要件: ISO 27001は同等規格の候補になるが、Pマークは一覧に載っていない
厚労省ガイドライン第6.0版の5.1(事業者選定)は、委託先に「JIS Q 15001、JIS Q 27001又はこれと同等の規格の認証を受けているシステム関連事業者」を選ぶよう求めています。前者は個人情報保護マネジメントシステム(Pマーク制度)、後者は情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)です。5.1.2はさらに、委託内容に応じて第三者認証などを活用し、事業者の信頼性を確かめたうえで選ぶことが望ましいとしています。
AnthropicのHelp Centerが挙げる認証は、HIPAA対応構成(BAAあり)、ISO 27001:2022、ISO/IEC 42001:2023(AIマネジメントシステム)、SOC 2 Type IとType IIの4つです。コンプライアンス文書の写しは、同ページが案内するTrust Portalから請求できます。
ガイドラインの認証要件と、Anthropicの認証一覧の重なり
重なるもの
JIS Q 27001はISO/IEC 27001の日本産業規格版です。ISO 27001:2022は「同等の規格」の候補になります。SOC 2は第三者認証の活用(5.1.2)の材料にできます。
一覧にないもの
JIS Q 15001(Pマーク)は日本国内の制度です。Anthropicの認証一覧には載っていません。ISO 27001相当で足りるかどうかは、医療機関自身の運用方針で判断する項目になります。
ガイドラインは、個人情報保護法の第25条が定める委託先の監督にも触れています。適切な委託先を選ぶこと自体が、この監督義務に含まれるという整理です(5.1.1)。認証の有無は選定の記録に残す材料になりますが、監督義務を免除するものではありません。診療録等を医療機関の外部に保存する場合は、厚生労働省の通知により、両ガイドラインを守っている事業者であることが必要とされています(5.1.1)。
責任分界を書面にする: BAAの機能表がどこまで代わるか
1.3.2は、責任分界に2種類あるとしています。「法律上の責任の範囲を明確にする責任分界」と、「具体的な運用及び対応の範囲を明確にする責任分界」です。後者は一般的な契約書になじまないことがあるため、企画管理者やシステム運用担当者のマニュアルなどに示して事業者と共有する方法が考えられる、と書かれています。1.3.2と5.3は書面等での可視化を、5.2.1は責任分界を含む適切な契約の締結・管理を求めています。5.2.1はあわせて、委託先の個人情報に関する遵守義務や、従事者への教育の実施状況を確認して管理することも求めています。
BAAは、前者(法律上の責任)の一部を埋める文書です。対象はClaude Enterpriseと1P APIで、同じBAAを受け入れた1組織にしか及びません。Claude Console、Cowork、Claude in Office、Claude Design、Claude Slides、Claude Docsは対象外と明記されています。このうちDesign・Slides・Docsは、HIPAA構成でもオーナーが規約に同意すればオンにできます。ただしBAAの対象外なので、PHIは入れられません。その先の機能ごとの扱いは、運用の責任分界に近い情報です。
BAAの機能表を、病院の運用ルールに置き換えると
対象になる
Enterpriseのチャット・プロジェクト・Artifacts・音声・Web検索・リサーチ・スキル。1P APIのMessages APIとその主要機能(プロンプトキャッシュ、構造化出力、メモリ、Web検索、Bashツール、テキストエディタツール)。
使えるが対象外
MCP・コネクタ、Enterprise Search、Claude in Chromeは、第三者へ渡るデータが対象外です。Coworkは機能そのものが対象外です。有効にする管理者が、職員の利用が法令に沿うよう責任を負うと書かれています。
ZDRがあれば対象
Claude Code CLI(1P API経由・Enterprise OAuth経由)とデスクトップのローカルモードは、ゼロデータリテンション(ZDR)を有効にした場合に限って対象です。
HIPAA対応組織では使えない
1P APIのBatch API、Files API、Skills API、コード実行、Computer Use、Web Fetch。
BAAの版にも注意が要ります。Enterpriseの各機能は2025年12月2日より後に受け入れたBAAから、Messages APIの各機能は2026年4月1日より後に受け入れたBAAから対象と注記されています。以前にBAAを結んだ組織は、機能表の「対象」を自組織のBAAの受入日と突き合わせる必要があります。
Claude Codeは「ZDRありき」で対象になる
機能表の中でも、Claude Codeの扱いは読み違えやすい部分です。上のカードの条件には、読み落としやすい細部があります。OAuth経由とデスクトップの行では、ZDRは適格なアカウントだけに提供されるとされています。1P APIでZDRが必要な組織は、営業担当に連絡する前提です。
ZDRを有効にしないと、これらは「使えるがBAAの対象外」に落ちます。さらに、デスクトップのリモートモード、Claude Code on the web、Code Review、Security、Computer Use、Remote Controlはいずれも「ZDRと両立しない」機能で、BAAの対象外です。
同じページには、もう1つ条件があります。BAAのCovered Models(対象モデル)は30日間のデータ保持を前提とし、ZDRとは併用できません。Claude CodeがZDR下でしか対象にならない以上、Claude CodeでBAAの下にPHIを流す場合、Covered Modelsは使えないことになります。チャットとClaude Codeで使えるモデルが分かれる点は、院内向けの利用手順に書き込んでおく項目です。
再委託: ガイドラインの規定が効く相手はAnthropic自身
5.2.2は、委託先が再委託を行う場合に、事前に医療機関へ情報を提供し、協議・合意形成を経たうえで承認を得ることを契約に含めるよう求めています。海外の事業者を再委託先とする場合は、個人情報保護法が求める要件を満たさないことがあるため、十分な留意が必要とされています。
医療機関からAnthropicへのデータ提供は、1段目の委託です。この規定が当たるのは、Anthropicが取り扱いの一部をさらに別の事業者へ任せる場合です。したがって、Anthropicとの契約で見るべきは、再委託先の有無とその通知・承認の方法になります。個人情報保護法の上で、この1段目の提供が「委託」か「外国にある第三者への提供」かという論点は、Claudeへの個人データ入力は外国にある第三者への提供にあたるかで扱っています。再委託先の管理体制を含む選定の考え方は、外部委託事業者の管理にあります。
クラウド経由の責任分界: AnthropicとAWSのどちらに聞くか
5.3は、クラウドサービスを使うと、委託先とクラウド事業者のあいだで責任関係が複雑になりやすいと指摘しています。障害が起きたとき、どの事業者と原因究明や対策を講じるべきかが不明瞭になりうるためです。機器の所有者、設置責任者、保守管理者がそれぞれ別になる場合があることも、事前に明確にするよう求められています。
Claudeの場合、PHIを扱う経路が複数あることが、この複雑さの入口になります。Anthropicと直接BAAを結ぶ経路と、Amazon Bedrock経由の経路です。Bedrock経由の契約は、AWS側の資料で確かめます。選んだ経路によって、障害時に最初に連絡する相手も契約書を読む相手も変わります。2つの経路を並行して使う場合は、どの業務をどちらに流すかを決めたうえで、窓口の一覧を作る形が考えられます。
BAAを結んでも、医療機関の管理責任は移らない
1.3.1は、システム関連事業者に委託する場合でも、委託先の選定と管理を適切に行う責任が医療機関に残るとしています。委託先の過失による情報セキュリティインシデントでも、医療機関が責任を免れることはできず、患者への責任を負うと書かれています。
BAAはAnthropicと医療機関のあいだで、HIPAA(米国法)の枠組みの責任分担を定める文書です。この1.3.1の構造を変えるものではありません。BAAの機能表で「対象外」とされた機能を有効にするかどうかも、管理者である医療機関側の判断になります。
BAA締結から院内運用までの順番
- 1
PHIを流す経路を1つに決める
Enterprise、1P API、Bedrock経由のどれで扱うかを決めます。窓口が1つに決まると、5.3の責任分界を書き出しやすくなります。
- 2
BAAを有効にする
Enterpriseは、Primary Ownerが組織設定の「Data and privacy」でHIPAA対応を有効にし、BAAを受け入れます。1P APIは、署名したあとにAnthropicの担当または営業へ連絡して有効化してもらいます。
- 3
使える機能を絞って手順書にする
機能表の「対象外」を有効にするか、ZDRが要るClaude Codeを使うかを決め、結果を運用マニュアルに書き込みます。1.3.2が言う「具体的な運用及び対応の範囲」にあたる部分です。
突き合わせ表: 要件ごとにBAAで足りる部分と足りない部分
| ガイドラインの要件 | 出典 | BAA・公開情報での対応 | 医療機関側に残る作業 |
|---|---|---|---|
| JIS Q 15001/27001相当の認証 | 出典厚労省GL 5.1 | BAA・公開情報での対応ISO 27001:2022ほか4つが一覧にある。Pマークは載っていない | 医療機関側に残る作業ISO相当で足りるかの判断と選定記録 |
| 委託内容・責任分界の書面化 | 出典厚労省GL 1.3.2、5.2.1、5.3 | BAA・公開情報での対応機能ごとの対象・対象外の表がある | 医療機関側に残る作業運用範囲をマニュアルに落とす |
| 再委託の事前通知・承認 | 出典厚労省GL 5.2.2 | BAA・公開情報での対応1段目の委託は規定の対象外。Anthropicの再委託が対象 | 医療機関側に残る作業再委託先と通知方法の契約確認 |
| クラウド利用時の責任関係 | 出典厚労省GL 5.3 | BAA・公開情報での対応経路により窓口がAnthropicかAWSに分かれる | 医療機関側に残る作業経路の一本化と窓口一覧 |
| 委託後も医療機関が責任を負う | 出典厚労省GL 1.3.1 | BAA・公開情報での対応BAAは責任分担の一部を定めるだけ | 医療機関側に残る作業監督・説明責任は移らない |
BAAはHIPAA(米国法)を前提にした契約類型で、日本の行政ガイドラインが直接要求する制度ではありません。BAAを結んだことが、そのまま3省2ガイドラインの充足を意味しない点が、この表の最後の列に集まっています。
まとめ
BAAで埋まるのは、事業者選定の材料と、責任分界のうち機能単位の線引きまでです。残りは医療機関が自分の運用と契約に書き込みます。機能表は「使える」と「BAAの対象」を分けて読み、院内の手順書には後者だけを根拠に書くことになります。