Claudeが生体分子モデルを平均4倍高速化、GPU時間は2桁減
Claudeが30本超のオープンソース生体分子モデルを4週間弱で最適化し、平均4倍の高速化と1ノードでの大規模系予測を実現しました。
要点
Claudeが、生体分子の構造予測や設計に使われるオープンソースモデル30本超を4週間弱で最適化しました。2026年9月17日の発表によるもので、速度は平均およそ4倍、出力を完全に同一に保つ条件でも2倍近くまで向上しています。対象には構造予測とタンパク質設計のモデルに加え、タンパク質言語モデルとゲノミクス向けのモデルも含まれます。
- 構造予測モデルに限ると平均4倍の高速化(精度の低下はわずか。出力同一の条件では1.6倍)
- 低メモリの「Big」モードにより、1万トークン超の生体分子系をGPUノード1台で正確に予測できるようになった
- 業界標準のカーネルを上回る「FlashPairformer」を新規開発し、最適化コードを同日オープンソース公開
- de novoタンパク質バインダー設計に必要なGPU時間を、以前と同等のin silico性能のままおよそ2桁減らした
- Adaptyv Bioとの共催コンペと、Life Sciences Verification Program(生命科学の研究者にフロンティアAIの能力を提供する検証プログラム)を同時発表
最適化を監督したのは、生体分子モデリングの経験はあるものの推論最適化やカーネル開発の経験がないAnthropicの技術スタッフ2名です。専門の最適化エンジニアを増員せずに、これだけの成果を出した点が今回の発表の核にあります。
生命科学の研究フローはどう変わるか
影響の大きさは、どの作業をしているかで大きく分かれます。構造予測モデルを研究に使っている人ほど恩恵が直接的で、汎用の開発者にはほとんど関係しません。
構造予測・設計モデルを使う研究者は何が変わるか
AlphaFold3・OpenFold3・Boltz-2のような構造予測モデル、そしてタンパク質設計モデルの最適化コードが9月17日にオープンソースで公開されました。技術的な詳細は技術レポートにまとまっています。
数万原子の複合体をGPUノード1台に収める
これまでリボソームやミトコンドリア複合体のような数万原子規模の分子機械を予測するには、複数のGPUノードにまたがる計算資源が必要でした。生命科学のワークフローでClaudeをどう組み込むかは、この最適化コードを既存のパイプラインに載せる際の前提として押さえておくと役立ちます。
de novo設計のコストは1万ドルから150ドルへ
以前は1ターゲットあたりModalで最大1万ドル(NVIDIA H100 GPUおよそ2,500時間相当)を要した設計キャンペーンが、GPUとトークンの合計支出でおよそ150ドルまで下がりました。
汎用の開発者への影響はほぼない
今回の最適化は生体分子ドメインに特化したカーネルとモードの追加です。
利用形態ごとの影響は次の表のとおりです。
| 対象 | 影響 | 具体的に何が変わるか |
|---|---|---|
| 構造予測モデルを研究で使う人 | 影響明確な恩恵あり | 具体的に何が変わるか最適化コードがオープンソース公開され、既存の解析パイプラインに組み込める |
| 大規模な分子複合体を扱う計算生物学者 | 影響明確な恩恵あり | 具体的に何が変わるか1万トークン超の系をGPUノード1台で正確に予測できる |
| de novoタンパク質設計のチーム | 影響条件次第 | 具体的に何が変わるかコストは大幅に下がるが、コンペ応募やプログラム利用には別途手続きが要る |
| Claude Codeなど汎用の開発者 | 影響ほぼ影響なし | 具体的に何が変わるか生体分子ドメイン固有の最適化で、汎用コーディング体験には直結しない |
背景・文脈
FlashPairformerが三角注意機構のボトルネックを崩す
構造予測は、アミノ酸配列からタンパク質の立体構造を決定する問題です。タンパク質設計は逆に、目的の構造や機能を持つタンパク質を作り出す作業を指します。AlphaFold3・OpenFold3・Boltz-2のような現行モデルは、計算時間とメモリの大部分をtriangle attentionとtriangle multiplicationという2つの演算に費やします。トークン(アミノ酸・核酸・低分子やイオンの原子を数える単位)の三つ組に作用するこの演算は、生体分子の立体的な位置関係を扱えるようにする一方で、実行時間・メモリともに系のサイズの3乗に比例します。系のサイズが2倍になれば計算コストは8倍、3倍になれば27倍。
この2演算の高速化はNVIDIAのcuEquivariance、続くBioNeMo Inference Runtime(BioNeMo-IR)がこれまでの業界標準でした。ClaudeとAnthropicが開発した「FlashPairformer」は専用カーネル群で、この標準を平均でtriangle attentionが2.7〜2.9倍、triangle multiplicationが1.7〜3.2倍(モデル構成により変動)上回る新たな水準を達成しています。ColabFold 1.6.3が同時期に公開した高速カーネルは、今回のベンチマークにはまだ含まれていません。
汎用カーネルに加えてモデルごとの個別最適化(重複計算のキャッシュ化、使われない分岐を定数出力へ単純化するなど)も実施し、構造予測モデル十数本を平均4倍(出力同一の条件では1.6倍)高速化しました。個々のモデルでこの水準の最適化を行うには、通常は経験豊富なエンジニアチームが数週間を要し、しかも最適化が他モデルへ転用しにくいとされています。高速モードの出力は、生体分子インターフェースをまとめた評価セット全体で既定設定と統計的に区別できない水準にあり、各モデルについて下流タスクの性能に影響しないことも確認されています。
最適化の対象は構造予測にとどまりません。hallucination(構造の生成的探索)・構造生成・inverse folding(配列推定)にまたがる複数のタンパク質設計モデルも高速化されています。対象はAlphaFoldクラスの構造トランスフォーマーだけでなく、拡散モデル、flow matching(生成手法)、グラフニューラルネットワークにも及びます。アーキテクチャの系統をまたいで効いている点が今回の特徴です。
低メモリの「Big」モードで1万トークン超の複合体を折り畳む
細胞内の仕事の多くは、タンパク質を合成するリボソーム、細胞にエネルギーを供給する呼吸鎖複合体、他のタンパク質の折り畳みを助けるシャペロンのような大きな分子機械が担っています。これらは数十の構成要素からなり、機能は要素同士の組み合わさり方に左右されます。従来、この規模の系を予測するには複数のGPUノードにまたがる計算資源が必要でした。
Claudeが作った低メモリの「Big」モードは、1万トークン超の系をGPUノード1台で正確に予測し、7万トークン超の系でも推論自体は成功させます。「Big」モードで実験構造と一致する形で折り畳めた例は、ヒトミトコンドリア複合体I・TRiCシャペロン複合体・プロテアソーム・細菌のリボソームです。このうち複合体Iと70Sリボソームはそれぞれ1万トークンを超え、AlphaFold3が正確に予測した40Sリボソーム(7,663トークン)を上回る規模になります。予測されたインターフェースは、DockQスコアが0.23を超えれば許容範囲とみなしています。
上限を試す — 3万〜7万トークン超では構造が崩れる
最適化の限界を確認するため、8基のGPUを積んだB300ノード1台で、ウイルスキャプシドなどタンパク質の集合体(3万1,000〜7万トークン超)の推論も試しています。これは学習時のコンテキストのおよそ2桁上の規模にあたり、構造は崩れて正しく予測できていません。この実行は反復的な再入力(recycle)を行わない1回のtrunk pass(主幹部の順伝播)によるproof-of-concept(概念実証)で、実運用の予測精度を保証するものではありません。ただしB300ノード1台でこの規模まで推論自体は動く点は、今後ツールが改良されればより複雑な系を扱えるようになる可能性を示しています。
| 系 | トークン規模 | 使用ハードウェア | 結果 |
|---|---|---|---|
| ヒトミトコンドリア複合体I | トークン規模1万超 | 使用ハードウェアNVIDIA GPUノード1台 | 結果実験構造と一致 |
| 細菌の70Sリボソーム | トークン規模1万超 | 使用ハードウェアNVIDIA GPUノード1台 | 結果実験構造と一致 |
| TRiCシャペロン複合体・プロテアソーム | トークン規模非公表(「Big」モードで予測成功) | 使用ハードウェアNVIDIA GPUノード1台 | 結果実験構造と一致 |
| ウイルスキャプシド等の集合体 | トークン規模3万1,000〜7万超 | 使用ハードウェア8GPU B300ノード1台 | 結果構造が崩れ不正確(proof-of-concept) |
de novoバインダー設計、GPU時間を2桁減らす
以前の成果(Claudeによるタンパク質設計と化学分析で扱った実験)では、サブエージェントの活用を促すかたちで、約16,000語のプロンプトを与えていました。1ターゲットあたりModalで最大1万ドル(NVIDIA H100 GPUおよそ2,500時間相当)を24時間以内に使う設計としていました。
今回は条件を大きく絞りました。単一のClaudeモデルにNVIDIA H200を1基と24時間の実行時間、約1,100語のプロンプト、そして事前導入済みツールのリファレンスシートだけを与え、サブエージェントも人手の誘導もありません。Mythos 5.1・Mythos 5・Opus 5の3モデルを16ターゲットに対して走らせ、ウェットラボでの結合を予測するとされるin silicoスコア「ipSAE」で評価しました。16ターゲット平均で見ると、3モデルいずれの中央値・最高値も、以前のMythos 5.1キャンペーンとほぼ同等のipSAEを、GPU時間にしておよそ2桁少ない消費で達成しています。GPUとトークンの合計支出でおよそ150ドルまで下げても、以前と同水準のin silico性能を再現できました。
| 項目 | 以前のキャンペーン | 今回 |
|---|---|---|
| プロンプト長 | 以前のキャンペーン約16,000語 | 今回約1,100語 |
| GPU構成 | 以前のキャンペーンModalで最大1万ドル(H100約2,500時間相当) | 今回NVIDIA H200 1基 |
| 実行時間 | 以前のキャンペーン24時間以内 | 今回24時間 |
| オーケストレーション | 以前のキャンペーンサブエージェント活用(プロンプトで推奨) | 今回サブエージェントなし・人手の誘導なし |
| 費用の目安 | 以前のキャンペーン1ターゲットあたり最大1万ドル | 今回合計約150ドル(GPU+トークン) |
Adaptyv Bioとの設計コンペとLife Sciences Verification Program
これらの最適化を土台に、Adaptyv Bioと共催するタンパク質設計コンペを発表しました。対象は種間交差反応性・pH感受性・ペプチド-MHC特異性、GPCRのような難ターゲットを含む、現時点の設計能力の最前線にある5課題です。Claudeクレジット最大100万ドルとウェットラボでの検証費用に加え、Modalが最大25万ドルの計算クレジット、Twist BioscienceがDNAを提供し、5,000件超の設計をウェットラボで検証します。応募要件と応募ページは公式サイトで案内されています。
あわせて、生命科学の研究者向けにフロンティアAIの能力を提供するLife Sciences Verification Programについても、最初の組織群の登録を終え、同日パブリックベータとして公開したと発表しています。オープンソースコードの公開・コンペへの応募・Verification Programの利用は、それぞれ別々の入口である点に注意が必要です。
FlashPairformerと「Big」モードは、Mythos 5.1の高速化を体系化する動き
Claudeによる生体分子モデルの最適化自体は、今回が初めてではありません。今回の最適化の初期成果として、Claude Mythos 5.1がオープンソースの生物学モデル7本を最大2.5倍高速化した実績がすでに報告されていました。今回はその延長線上で、対象モデル数を30本超に広げ、汎用カーネル(FlashPairformer)とモデル固有最適化を組み合わせる形に体系化したと見ることができます。この一連の取り組みはClaude Scienceの一環です。
注目すべきは、この体系化を担ったのが推論最適化やカーネル開発の経験を持たない技術スタッフ2名の監督だったという点です。通常であれば専門チームが数週間かけて1モデルずつ最適化し、その成果は他モデルに転用しにくいとされてきました。Claudeが30本超のモデルを4週間弱でまとめて最適化できたという結果は、こうした専門作業の再現性そのものが変わりつつあることを示しています。もっとも、この体制がすべての推論最適化タスクに一般化できるかどうかは、今回の生体分子ドメイン以外での追試待ちです。生体分子以外の領域も含めたClaudeによる科学研究の加速の全体像は、今回の成果を位置づける上で参考になります。
まとめ
- 生体分子まわりのオープンソースモデル30本超が、Claudeの最適化により平均4倍高速化し、コードは9月17日にオープンソースで公開されました
- 低メモリの「Big」モードにより、1万トークン超の分子複合体をGPUノード1台で正確に予測できます。3万トークンを超える領域はまだ構造が崩れ、実用の水準には届いていません
- de novoタンパク質バインダー設計は、以前と同等のin silico性能をGPU時間にしておよそ2桁少ない消費、合計費用およそ150ドルで再現できるようになりました
- Adaptyv Bioとの設計コンペ(Claudeクレジット最大100万ドル)とLife Sciences Verification Programが同時に始まっており、参加には別途応募・登録が必要です
- 影響が直接的なのは構造予測・設計モデルを使う研究者と大規模複合体を扱う計算生物学者で、Claude Codeなど汎用開発者への影響はほぼありません