Claudeで科学者と研究室は研究をどう加速しているか、3つの実例
ClaudeはStanford発のプラットフォームBiomniと、MITのCheeseman lab・StanfordのLundberg Labで研究に使われています。解析・解釈・仮説生成の役割と、20分で終わった事例を紹介します。
Anthropicは2026年1月15日、Claudeを研究に使っている例を3つ挙げました。StanfordのBiomni(Stanford大発のプラットフォーム)、MITのCheeseman lab、StanfordのLundberg Labです。役割は、解析の自動化(Biomni)、実験結果の解釈(Cheeseman lab)、狙う遺伝子の仮説づくり(Lundberg Lab)です。前年10月に立ち上げた「Claude for Life Sciences」以降、Opus 4.5では図表の読み取りや計算生物学、タンパク質理解のベンチマークで改善が進んでいます。3つは、文献レビューやコーディング補助の域を超え、実験設計からデータ解釈まで研究プロセス全体にClaudeを組み込んだ現場です。数か月かかる解析が20分で終わった例もあります。
3つの研究室は、研究のどこで詰まっているかがそれぞれ違います。この違いが、Claudeの使い方の違いをそのまま決めています。
研究室がClaudeを使う土台のClaude for Life Sciences
2025年10月に立ち上げた「Claude for Life Sciences」は、Claudeを科学分野の共同研究者として機能させるためのコネクタとSkillsをまとめたパッケージです。ここでのSkillは、専門家の判断手順をClaudeに渡すために使われています。詳しくはAgent Skillsの解説記事で扱っています。
3研究室はいずれもClaudeを使った自前のシステムを作っています。Anthropicは3研究室のような研究者と、AI for Scienceプログラムを通じても連携しています。
Biomniはなぜ数か月の作業を20分に縮められたのか
生物学研究のボトルネックの一つは、ツールの断片化です。数百のデータベースやソフトウェア、プロトコルが存在し、研究者はそれらの選定と習熟に多くの時間を費やしています。Biomniは、Stanford大学発のエージェント型AIプラットフォームです。数百のツール・パッケージ・データセットを1つのシステムに集め、Claudeを使ったエージェントがその中を渡り歩きます。研究者は平易な英語で依頼するだけで、必要な資源はBiomniが選びます。25以上の生物学サブ分野で、仮説形成・実験プロトコル設計・データ解析を行えます。
代表例がゲノムワイド関連解析(GWAS)です。特定の形質や病気に関わる遺伝的変異を探す解析で、発表では「絶対音感」が例に挙がっています。音を基準音なしで出せる人とそうでない人の大集団を集め、片方に多く現れる変異をゲノム全体から探す、という具合です。
ゲノムのスキャン自体は比較的単純です。時間を食うのは、その前後にあります。
- データは形式がばらばらで、念入りなクリーニングが要る
- 交絡の制御と欠損データの処理が必要になる
- 見つかった「ヒット」は、近くにある遺伝子、発現する細胞種、影響しうる生物学的経路まで読み解く(GWASが示すのはゲノム上の位置だけだから)
各段階でツールもファイル形式も違い、人の判断が何度も挟まります。1回のGWASに数か月かかることもある作業が、Biomniの初期試験では20分でした。
Biomniの検証事例で示された数字
ウェアラブルデータ
35分
30人・450ファイル超。人間の専門家なら3週間の見積もり
単一細胞データ
33.6万超
ヒト胚性組織由来の細胞数
分子クローニング
経験5年超
ポスドクの設計と盲検評価で一致
ウェアラブルの解析は血糖値・体温・活動量の混成データです。ヒト胚性組織の単一細胞データでは、既知の制御関係を確認したうえで、これまで胚発生と結びつけられていなかった転写因子(遺伝子のオン・オフを制御するタンパク質)も見つけました。
Biomniは万能ではなく、Claudeの判断が逸れていないか検知するガードレールを備えています。対応できない領域では、専門家のやり方をSkillとして言語化し、Claudeに教えます。希少疾患のUndiagnosed Diseases Networkとの連携では、Claudeの標準的なやり方が臨床医の診断と大きく違っていました。そこで専門医にインタビューし、診断の過程を段階ごとに文書化して渡したところ、エージェントが良好に動くようになったとのことです。
Cheeseman labはCRISPR実験の解釈をどう自動化したか
遺伝子の機能を調べる手法の一つが、その遺伝子を細胞から取り除いて何が壊れるかを見ることです。2012年ごろに登場したCRISPRで、この作業は精密かつ大規模にできるようになりました。ただし、研究室が生成できるデータ量は、解析に割ける人手を大きく上回ります。
MITのWhitehead InstituteにあるIain Cheesemanの研究室は、CRISPRで数千の遺伝子を数千万個規模のヒト細胞でノックアウトし、細胞を1つずつ撮影しています。似た仕事をする遺伝子は、除去したときに似た見た目の損傷を示すので、画像のパターンから遺伝子を自動でグループ化できます。そのパイプラインが「Brieflow」です(名前はチーズのブリーに由来します)。
詰まるのは、グループ化の次です。なぜ同じ群に入ったのか、既知の関係なのか新しい関係なのかは、専門家が文献を遺伝子ごとに調べて判断するしかありません。1回のスクリーニングで数百のクラスターが出るため、時間も知識も足りず、大半は調べられないまま残ります。Cheeseman氏は約5,000の遺伝子の機能を記憶から引き出せるそうですが、それでも解析には数百時間かかっていました。
博士課程のMatteo Di Bernardo氏は、Cheeseman氏のやり方をそのままシステムにしようとしました。どのデータソースを見るか、どんなパターンに着目するか、何を面白い発見と見なすかを細かく聞き取り、Claudeで動く「MozzareLLM」を作りました。
MozzareLLMは遺伝子クラスターを受け取り、専門家がするように3つのことをします。共有していそうな生物学的プロセスの特定、よく研究された遺伝子とそうでない遺伝子の仕分け、追跡調査に値する候補の指摘です。さらに、結論ごとに確信度を示します。Cheeseman氏はこの点を重視しており、追加の資源を投じて検証するかどうかの判断材料になるからです。
Cheeseman氏は「毎回、見落としていたものに気づかされる」と話し、見つかったものは理解でき、検証もできる発見だと言います。Di Bernardo氏は複数のAIモデルを試し、Claudeが最良でした。他のモデルが無作為な「ノイズ」と退けたRNA修飾経路を、Claudeだけが正しく特定した例もあります。
両氏は、Claudeが注釈を付けたデータセットの公開も構想しています。たとえばミトコンドリアの専門家が、Cheeseman labが印を付けたまま掘れていないミトコンドリア関連のクラスターを引き継げます。他の研究室がMozzareLLMを自分のCRISPR実験に使えば、機能が長年分からないままの遺伝子の解釈も進むはずだ、という見立てです。
Lundberg labはどの遺伝子を狙うべきかをClaudeに考えさせている
Cheeseman labは、数千の遺伝子を1回で落とせる光学プールドスクリーニングを使います。このやり方が合わない細胞種もあり、StanfordのLundberg Labのように小規模で焦点を絞ったスクリーニングを行う研究室では、詰まる場所が手前に来ます。何を狙うかを決める段階です。
小規模スクリーニングも1回2万ドル以上かかることがあり、規模が大きくなるほど費用は増えます。そのため、条件に関わりそうな遺伝子を数百個に絞らなければなりません。従来は大学院生やポスドクがGoogleスプレッドシートを囲み、候補遺伝子を1つずつ、一文の根拠か論文リンクとともに足していました。文献と経験と勘に頼る推測であり、すでに誰かが調べて書いたことと、その場にいる人が思い出せることに縛られます。
Lundberg Labの発想は逆向きです。「これまでの研究から何を推測できるか」ではなく、「分子の性質から見て何を調べるべきか」を問います。
Lundberg Labが進めている検証の流れ
- 1
細胞内の分子の関係図を作る
タンパク質・RNA・DNAについて、どのタンパク質が結合するか、どの遺伝子がどの産物をコードするか、どの分子が構造的に似ているかをマップにします。
- 2
研究が薄い題材を選ぶ
既知の分野だとClaudeが既存の知見を答えるだけになるため、あえて研究の少ない一次繊毛(細胞表面のアンテナ状の突起。発生や神経の疾患との関わりが指摘される)を選びます。
- 3
Claudeと人間が別々に候補を出す
Claudeはマップをたどって候補遺伝子を挙げ、人間の専門家は従来どおりスプレッドシートで挙げます。
- 4
全ゲノムスクリーニングで正解を確定する
どの遺伝子が実際に繊毛の形成に影響するかを調べ、どちらの候補がより多く当たったかを比べます。
公表時点では、この比較はこれからの段階でした。成果は出ておらず、発表で挙がっているのは評価の枠組みです。たとえばClaudeが200個中150個、人間が80個を当てれば、方法の優位を示せます。ほぼ互角でも、Claudeが速いなら研究全体の効率化にはなります。
うまくいけば、焦点を絞ったスクリーニングの定番の最初の一手になる構想です。直感で賭ける、あるいは全ゲノムを力ずくで調べる、のどちらでもなく、全ゲノム用の設備なしに根拠のある賭けができるようになります。
3つの事例は、研究のどこで詰まるかで使い分けが決まる
詰まる場所で変わるClaudeの役割
ツールが多すぎて選べない
数百のツールとデータベースを1つのエージェントにまとめ、選定と実行を任せます。足りない専門知識はSkillで補います。
結果が多すぎて読み切れない
専門家の判断手順を聞き取って組み込み、クラスターごとに確信度付きで解釈します。優先して追う候補を決める材料になります。
実験が高すぎて絞れない
分子の関係図から、調べる価値のある遺伝子をClaudeに挙げさせます。効果は全ゲノムスクリーニングによる比較で測る計画です。
3つは成熟度も違います。Biomniは複数の分野で検証事例が示されており、MozzareLLMは他モデルとの比較と専門家の実感があります。Lundberg Labの手法は、公表時点で結果を待つ段階でした。「20分」「数百時間」のような数字を並べて読むときは、この差を前提にする必要があります。
AI for Scienceプログラムでは何が受けられるか
関連する取り組みが、2025年5月5日に始まったAI for Scienceプログラムです。研究者にAPIの無償クレジットを提供するもので、とくに生物学・ライフサイエンスの応用を重視しています。
対象は研究機関に所属する研究者で、応募フォームから申し込みます。選考は、科学への貢献、提案する研究の影響の大きさ、AIが研究を実質的に加速できるかどうかで行われ、関連分野の専門家を含むチームが審査します。重点領域として挙がっているのは、複雑な生物学的システムの理解、遺伝データの解析、とくに世界的に負担の大きい疾患の創薬、農業の生産性向上などです。
1月15日の発表の時点でも応募は継続して受け付けられていました。希少疾患の領域には追加の助成枠も設けられています。
2026年6月末には、60超のスキルとコネクタ、HPC連携をまとめた研究者向けベータ製品Claude Scienceも公開されました。分断された科学ツールを1つの環境にまとめた製品です。
まとめ
いずれのシステムも完璧ではなく、Anthropicも発表でその点を認めています。自分の現場に取り入れるなら、まず詰まっている工程を特定するところからです。「20分」のような数字は、検証の厚みが事例ごとに違う前提で読むことになります。ライフサイエンスでClaudeを使う実務手順はClaude製薬創薬活用ガイドにあります。