CMEK(顧客管理暗号鍵)は日本企業の暗号鍵管理要件を満たすか
ClaudeのCMEKが実際に管理主体を移す範囲を整理し、日本企業の暗号鍵管理・データ所在地の要件にどこまで適合するかを検証します。
CMEKは日本企業の暗号鍵管理要件を満たすか
結論から言うと、CMEK(Customer-Managed Encryption Keys)は「鍵の管理主体を自社に置く」要件には応えます。一方で「データを日本国内に置く」要件には応えません。この2つは別の規制軸で、日本企業がCMEKを評価するときに最も混同しやすい点です。
CMEKが応える要件と、応えない要件
応える
鍵はAWS KMS・Google Cloud KMS・Azure Key Vaultの自社環境で発行します。ローテーション・監査・失効は自社側の操作です。
応えない
CMEKは保管地域を選ぶ機能ではありません。Claude Platform on AWSを除き、米国リージョンでのみ使え、暗号化処理も米国リージョンで走ります。保存地域はworkspace geoで決まりますが、現在選べるのはusだけで、直接APIの設定では国内保管を満たせません。
有効化はAnthropicのアカウントチームへの申請が必要なオプトイン機能です。設定できるのは、Claude PlatformではOrganization Admin、Claude EnterpriseではOwnerとPrimary Ownerだけです。
導入前に押さえる順序と、遡って暗号化されない点
CMEKが守るのは、鍵が有効になった後に書き込まれたデータです。それ以前のチャット・ファイル・セッションはAnthropic管理鍵のまま残り、自社鍵で再暗号化されません。
Claude Platformでは、ワークスペースを新規に作り、リクエストを送る前に鍵を紐づける手順が案内されています。すでにリクエストを受けているワークスペースに紐づけると、鍵が効くまで最大1日かかり、その間に書かれたデータもAnthropic管理鍵で暗号化されます。
新規ワークスペースでCMEKを始める流れ
- 1
ワークスペースを新しく作る
リクエストをまだ1件も送っていない状態にします。既存ワークスペースの転用は、紐づけ後の反映遅延と過去データの扱いを抱え込みます。
- 2
鍵を発行し、識別子を照合する
KMS側で鍵を作り、アクセスを許可する相手の識別子は各構成ガイドの公開値と照合します。メールやチャットで届いた識別子は信用しません。AWSならAWS KMSでの設定、ほかはGoogle Cloud KMSとAzure Key Vaultの手順に従います。
- 3
ワークスペースに鍵を紐づける
紐づけは取り消せないため、鍵とワークスペースの組み合わせはここで確定させます。
- 4
リクエストを流し始める
この時点から書き込まれるデータが自社鍵の対象です。
CMEKが保護するデータと、対象外のまま残るデータ
Claude Platformでは、メッセージ内容・ファイル・MCPとツールの設定・Claude Managed Agentsのデータが自社鍵で暗号化されます。Claude Enterpriseでは、チャット内容と添付ファイルが対象です。Claude Code(CLI)のメッセージ内容、Cowork(Claude Desktop)、Office agents、Claude in Chromeなども含まれます。バックアップとスナップショットも鍵を継承します。
次のデータは、自社鍵の対象外でAnthropic管理鍵のまま暗号化されます。
| 対象外のデータ | 理由・備考 |
|---|---|
| TTLが24時間未満のデータやキャッシュ | 理由・備考保管時データ(at rest)ではないため |
| Activity Feed・監査ログ・OTelなどのテレメトリ | 理由・備考鍵が失効しても、コンプライアンス用の記録を維持するため |
| Managed Agentsのvault認証情報(OAuthトークン等) | 理由・備考書き込み専用で、APIレスポンスに返らない |
ユーザープロファイルのname・external_id・metadata | 理由・備考機微な個人データをmetadataに入れない |
| ユーザーの氏名・メールアドレス・プロフィール画像 | 理由・備考アカウントデータは自社鍵の対象外 |
| 個人設定の「Instructions for Claude」とCoworkのグローバル指示 | 理由・備考アカウント単位で、ユーザーが属する全組織で共有される |
ベータや研究プレビューの機能も、CMEKの対象外になったり、CMEK組織で壊れたりすることがあります。Claude Securityが一例です。
LLMゲートウェイやプロキシ経由でClaude Codeを使う場合は、さらに注意が要ります。ANTHROPIC_BASE_URLを独自の値にしていると、Claude Codeの運用テレメトリにCMEKは効きません。止めるにはDISABLE_TELEMETRYを1にします。
export DISABLE_TELEMETRY=1有効化で止まる機能を、業務の使い方と突き合わせる
CMEKを有効化すると、一部の機能が無効になるか、大きく仕様が変わります。Claude Platformでは、Claude Consoleのプレイグラウンドと、生の本文(プロンプト・応答・ファイル)を返すCompliance APIの一部が止まります。Claude FableとClaude Mythosでは、CMEK組織で構造化出力が使えません。
Claude Enterpriseで影響が大きいのは、次の点です。
- 会話履歴の検索が止まり、「Search and reference chats」もオフのままになります
- Project knowledgeの検索(RAG)が止まります。ナレッジは検索されず、会話のコンテキストへ直接読み込まれるため、読み込める量が実質的に減り、あふれた分は会話から外れます
- Claude Code on the webとClaude in Slackは、管理者が有効にしていても使えません。Claude Code Desktopはローカルセッションで使えますが、管理者が有効にするまでオフです
- Artifactsは組織内でしか共有できず、組織データとの監査ログのエクスポートも止まります
- Claude Design・Claude Slides・会話内のClaude Docs・routinesは、設定にかかわらず使えません
機能別の全量はClaude CMEKの機能制限一覧にあります。社内でRAGやSlack連携が日常業務に入っているなら、鍵管理要件を満たせるかより先に、この一覧との突き合わせが効きます。
「暗号鍵管理」と「データの保存地域」は別の規制軸
CMEKのドキュメントには、地域について次の記述があります。
CMEKが変えるのは「暗号鍵を誰が管理するか」です。データがどの国で処理・保管されるかを決める機能ではありません。鍵を置くKMSのリージョンにも制約があり、日本リージョンのKMSは推奨に入っていません。
鍵の掌握を社内規程や業界の指針で求められているなら、CMEKは技術的な対応手段になります。保存地域はworkspace geoで決まり、現在選べるのはusだけです。直接APIの設定で国内保管を満たすことはできません。詳細は、Claudeのworkspace geoと日本企業のデータローカライゼーションで扱っています。
監査証跡はどこに残るか
「鍵を使った操作が追えるか」は、記録がどこに出るかで答えが変わります。
- 鍵のラップ・アンラップなど、Anthropicが鍵に対して行う操作は、Compliance APIには出ません。自社のクラウド事業者の監査ログ(CloudTrailなど)に出ます
- CMEKの設定イベントは、Compliance APIのActivity Feedに出ます
- 次節の保存イベントも、Activity Feedに出ます
Activity Feedと監査ログ自体は、鍵を失効させても読めるよう、自社鍵の対象外に置かれています。
ただし、KMS側のログは読み取り単位の記録ではありません。Anthropic側の人間による読み取り1回が、KMSの復号ログに1件ずつ現れるとは限らないためです。読み取りの有無をKMSログの件数で数える運用は成り立ちません。
CMEKでもAnthropicが記録を残す3つの例外
CMEKを有効にしても、次の3つの狭い場合には、Anthropic管理の暗号化で特定の記録が保存されることがあります。
自社鍵の外で記録が保存される3つのケース
法令上の保持義務
法律で記録の保持が義務づけられている場合です。例は、米国法18 U.S.C. § 2258Aに基づくNCMECへの報告対象です。
重大な危害の切迫
化学・生物・放射性物質・核兵器の開発、攻撃的なサイバー攻撃、暴力の差し迫った脅威などです。
商用利用規約の違反
Anthropicの商用利用規約D.4項、または顧客との別契約にある同等の条項への違反です。
CSAM(児童への性的虐待に関する素材)のスクリーニングを除き、保存には人間のレビュー担当者による明示的な判断が必要です。保存が発生するたびに、理由コードを伴うイベントがActivity Feedに記録されます。イベントの種類はcmek_preserveで、保存の開始が人でも自動の安全パイプラインでも書かれます。
保存された内容は、自社鍵の外で再暗号化されます。鍵を失効させても、調査のために保存された記録までは消えません。自動の安全スキャンから得られるメタデータ(パターン識別子や一致の有無)も、同じ扱いです。このメタデータには会話内容は含まれません。
保存イベントは、Compliance APIで種類を指定して取り出せます。イベントはcreated_atから最大2営業日遅れて見えるようになることがあります。定期的に取得するなら、取得窓を2営業日ぶん重ねておきます。
curl --fail-with-body -sS -G \
"https://api.anthropic.com/v1/compliance/activities" \
--data-urlencode "activity_types[]=cmek_preserve" \
--data-urlencode "limit=50" \
--header "x-api-key: $ANTHROPIC_COMPLIANCE_ACCESS_KEY" \
--header "anthropic-version: 2023-06-01"「鍵を握っていれば例外なし」とは言えないため、契約や社内規程にはこの3ケースを前提として書き込む形になります。
対応するAPIとツールの範囲
Claude Platformで暗号化の対象になるのは、MessagesとFilesです。Filesはインライン添付とFiles APIのアップロードの両方が含まれます。BatchとSkillsのAPI、Claude Managed Agentsも対象です。
ツールでは、Web検索・Webフェッチ・コード実行・Bash・テキストエディタ・MCPコネクタ・構造化出力・Advisorツール・コンピュータ操作・ブラウザ操作・コンテキスト管理が対象です。
ゼロデータリテンション(ZDR)とは、Claude PlatformとClaude Enterpriseのどちらでも併用できます。
鍵管理サービスへのアクセス制御も論点になる
AnthropicはKMSを、標準のパブリックIP範囲から呼び出します。自社のKMSでIPによるアクセス制限をかけているなら、公式ドキュメントのIPアドレス一覧を許可リストに足します。
Claude Platform on AWSだけは別の扱いです。IP制限に頼らず、AWS KMSのキーポリシーでアクセスを絞ります。
- 使えるのはAWS KMSの鍵だけで、Google Cloud KMSとAzure Key Vaultの鍵は登録できません
- 米国リージョン限定の制約は当てはまりません。鍵はワークスペースと同じAWSアカウント・同じリージョンの単一リージョン鍵にします
- キーポリシーはAnthropicのIAMロールでなく、AWSのサービスプリンシパルに権限を付けます
- 鍵だけを先に検証する手順はありません。紐づけ時に暗号化と復号が一巡するため、ポリシーの設定ミスは登録時でなく紐づけ時に表面化します
Claude Platform on AWSでは、他のKMS向けの手順をそのまま当てはめられません。
不可逆性と、鍵を失ったときの被害
一度ワークスペースに鍵を紐づけると、外すことも別の鍵に切り替えることもできません。鍵を失効・無効化・削除すると、そのワークスペースのCMEK対象データには二度とアクセスできなくなり、戻す手段はありません。Anthropicは鍵の複製を持たないため、誤削除や設定ミスはそのままデータ損失になります。
KMSの自動ローテーションは、同じ鍵の中で透過的に動き、Anthropic側の変更は要りません。具体的にはAWS KMSの自動ローテーション、Cloud KMSのローテーションスケジュール、Azure Key Vaultのローテーションポリシーです。別の鍵への切り替えとは区別します。
Claude Platformでは、鍵を紐づけるとデータ保持の設定もロックされます。30日保持をオフにできなくなり、ZDRへ戻すには新しいワークスペースを作ってトラフィックを移します。ZDRとの併用は「導入時にどちらを選べるか」の話で、後から戻せるかは別の制約です。
鍵失効の反映と、導入後に発生する運用コスト
失効は最大1時間(キャッシュTTL)で反映され、その間に処理中のリクエストは成功し続けることがあります。Compliance APIのローカルセッション書き起こし取得では、鍵が使えないとき、内容の代わりに503エラーを返します。セッションのメタデータは、引き続き一覧に出ます。
鍵のラップとアンラップはKMSへの往復を伴うため、データの読み書きに小さな遅延が加わります。KMSの利用料は、KMS事業者から別に請求されます。
事業継続計画(BCP)の観点では、CMEKは「鍵を失えばデータを失う」トレードオフを伴います。稟議では、鍵管理要件を満たす利点と、鍵のバックアップ・アクセス権限・二重チェックの体制を整えるコストを並べて示す形になります。
まとめ
CMEKが解決するのは、暗号鍵を誰が握るかだけです。導入可否は、鍵管理の要件・使っている機能が止まらないか・鍵を失ったときの体制の3点で判断します。