Claudeで財務モデルを作成する手順 — シナリオ分析とリスク評価まで
Claudeにコネクタで財務データを取り込み、シナリオ分析・リスク評価を含む投資分析モデルをExcel形式で作る手順を、必要な前提から検算の観点までまとめました。
Claudeで財務モデルを作ると何が変わるか
投資分析の財務モデルは、リサーチプラットフォームからのデータ収集、モデルの組み立て、社内フォーマットへの整形の3工程でできています。手作業だとアナリストが数日抱える仕事です。
Claudeに財務データ用のコネクタを繋げば、企業名と案件の前提を伝えるだけで、シナリオ分析・感応度分析・リスク評価を含むExcelモデルの初稿が返ってきます。数式は生きたまま渡されます。ゼロから組む時間を、前提の検証に回せるのが要点です。
ただし返ってくるのは分析の下書きで、投資の可否を示す結論ではありません。数値の妥当性の判断と、そのモデルを何に使うかは、使う側の責任です。
準備するもの — プラン・コネクタ・Excelアドイン
チャットだけでは外部の財務データに届かないので、コネクタ(Model Context Protocolで外部サービスに接続する仕組み)で取得元を繋ぎます。
| 準備するもの | 役割 |
|---|---|
| 財務データコネクタ(Daloopa・S&P Global等) | 役割決算実績・取引倍率・同業比較データの取得元 |
| ファイル管理コネクタ(Box・Google Drive等) | 役割社内IC(投資委員会)テンプレートの取得元 |
| Web検索 | 役割業界ベンチマークや直近の市況を補う任意項目 |
| Claude for Excel | 役割生成済みモデルをExcelで開いたまま、セル単位で前提を直すアドイン |
コネクタは設定画面のコネクタ一覧から有効化します。探し方や個人アカウントでの追加手順はClaude Connectorsの解説記事にあります。
Claude for Excelの提供状況は、公式の2ページで書き方が食い違っています。財務モデル作成のユースケースページは「ベータの研究プレビューで、ウェイトリストに登録して利用する」と書いています。一方、Claude for Microsoft 365のページは「Excel・PowerPoint・Wordはすべての有料プランで一般提供、Outlookのみベータ」としています。Claude for Excelの専用ドキュメントも、Pro・Max・Team・Enterpriseで一般提供と明記しています。ユースケースページの記述は古く、本記事は後者に沿って書きます。使えるかどうかは、自分のプランでアドインを入れて確かめるのが確実です。導入手順とCopilotとの違いはClaude for ExcelとCopilotの比較記事で扱っています。
データ提供元の契約条件は、この2ページには書かれていません。Daloopa・S&P Globalなど各社のコネクタが、自社の契約とは別にライセンスを求めるかどうかは、各社の案内で確かめてください。
なお、金融向けのClaude for Financial Servicesは、コネクタに加えて財務分析や評価用のSkillsと、導入支援を上乗せするサービスとして案内されています。
3ステップで初稿を作る
作業は3ステップです。それぞれのプロンプトは、ユースケースページの構成(企業情報・案件構造・現状指標・データ取得指示)に沿っています。
初稿から検証までの流れ
- 1
案件情報とデータ取得先を1メッセージで渡す
企業、案件構造、現状指標、各コネクタに取らせるデータの4種を最初にまとめます。
- 2
シナリオ・感応度・リスクの条件を指定する
投資委員会で聞かれそうな問いを、そのまま依頼文に入れます。
- 3
Excelで開き、前提を1つずつ検証する
Claude for Excelのサイドバーで、根拠のセルと感応度表の動きを確かめます。
ステップ1のプロンプト
含める要素は4つです。評価対象の企業名と業種、案件構造(出資額・エントリー倍率・エグジット倍率・保有年数)、現状の売上・成長率・利益率、そして各コネクタへの取得指示です。データ元ごとに何を取るかを書いておくと、Claudeが取得先を迷いません。空欄を埋めて使える骨格は次のとおりです。
[企業名]([業種])の投資分析をお願いします。
案件構造: [出資形態]で[出資額]、エントリー倍率[X.X]倍、
[N]年目にエグジット倍率[Y.Y]倍を想定。
現状の指標は売上[金額]、成長率[N]%、[利益指標]率[N]%です。
[コネクタ名]から[企業名]の過去の売上・利益率・顧客関連指標を取得してください。
[コネクタ名]から同業種の上場企業を検索し、現在の取引倍率・成長率・利益率を
取得してください。エグジット倍率[Y.Y]倍の妥当性を確認するために使います。
Web検索で[業種]の顧客集中度・成長率のベンチマークを調べ、
上の前提が業界水準に対して妥当か確認してください。
[ファイル管理コネクタ]から社内のICテンプレートを取得し、モデルの型として使ってください。この例では、ヘルスケアSaaSの架空企業を題材に、出資額7,500万ドル、エントリー3.6倍ARR、5年目のエグジット7.0倍という前提を置いています。実際の数値や企業名は案件ごとに差し替えます。
ステップ2で指定する条件
答えたい問いを先に言葉にしておくと、返ってくるモデルがその問いに沿った形になります。ユースケースの例には「成長率が25%や20%に鈍化したらリターンはどうなるか」「顧客集中は下振れ時にどう響くか」「想定エグジット倍率は上場同業の現在値と比べてどうか」という3つの問いが入っています。
指定する条件は3種類です。
- シナリオの軸: base・upside・downsideの3ケースで、成長率・利益率・エグジット倍率をどこまで振るか
- 感応度分析の対象: どの2変数を掛け合わせた表にするか
- リスク評価の焦点: 顧客集中度・規制変更・競合参入など、案件固有の懸念
書式も指示できます。この例では、プライベートエクイティ向けの書式と配色、ウィンドウ枠の固定、条件付き書式を頼んでいます。返ったモデルは、前提セルを青文字、計算セルを黒、シート間参照を緑とする慣行に沿っていました。
ステップ3でExcelに渡す
返ってくるのはExcelファイル1本で、数式は生きています。ダウンロードして開き、Claude for Excelで「このセルの前提根拠を教えて」「成長率を25%にしたら感応度表はどう動くか」と聞きます。セル単位の根拠(引用)を示せるとされ、数値の出どころを1つずつ追えます。
公式サンプルの数字を検算してみる
公式ユースケースには、Claudeが返したモデルの要約例が載っています。この数字を自分で検算すると、生成されたモデルをどう疑えばよいかが見えてきます。
公式サンプルの案件と要約値
出資額
$75M
グロースエクイティ
エントリー / エグジット
3.6x / 7.0x
いずれもARR倍率。エグジットは5年目
現状
ARR $50M
成長率35%、EBITDA率18%
ベースの要約
3.0x / IRR 25%
ベア2.2x・17%、ブル4.1x・33%
整合するところ
リターン倍率とIRRは、保有5年・途中の配当なしと置くと、IRR = 倍率^(1/年数) − 1で結べます。サンプルの3ケースを計算すると次のようになり、要約の数字と合います。
| ケース | 倍率 | 計算値 | 要約のIRR |
|---|---|---|---|
| ベア | 倍率2.2x | 計算値約17% | 要約のIRR17% |
| ベース | 倍率3.0x | 計算値約25% | 要約のIRR25% |
| ブル | 倍率4.1x | 計算値約33% | 要約のIRR33% |
比較表の「Rule of 40が53」も、成長率35%とEBITDA率18%の合計と一致します。
合わないところ
出資額$75Mをエントリー時の評価額に当てはめると、ARR $50M × 3.6 = $180Mなので、持ち分は約41.7%です。ARRが毎年35%伸びると、5年目のARRは50 × 1.35の5乗で約$224Mになります。
サンプルは、Financial Modelシートの要約に「7.0倍のエグジットで評価額$225M、$75Mに対するキャッシュリターンは$146M」と書いています。$225Mを$75Mで割ると、ちょうど3.0倍です。$146Mを利益とみなせば、(75+146)÷75で約2.95倍になり、どちらもベースの3.0倍と合います。つまり$225Mは、企業価値(EV)ではなく投資家の回収額として読むと筋が通ります。
食い違うのは、$225Mに付いた「EV」というラベルと、ARRの7.0倍という計算の方です。5年目のARRは約$224Mで、7.0倍にすると約$1,570Mになります。エントリー時のARR $50Mに7.0倍を掛けても$350Mで、$225Mにはなりません。
倍率の定義や希薄化、負債の扱いがサンプルに書かれていないため、どの数字が誤りなのかは、この要約だけでは判別できません。ここでの教訓は、生成モデルの要約を、自分の手で最低限の算術に通す価値があるという点です。3つ確認します。
- 金額が企業価値(EV)なのか、投資家の回収額なのかを区別しているか
- 評価額と倍率の掛け算が、要約の評価額と合っているか
- 倍率とIRRが、保有年数の前提の下で整合しているか
この検算はClaude for Excelに「エグジット評価額の導出式を、参照セルを示しながら説明して」と頼んでも進められます。ただし、その説明が正しいかを確かめる最終の目は、人が持つ必要があります。
サンプルが自分で示している論点
要約の文章そのものにも、読み方の材料があります。コンプスシートの比較対象は、上場ヘルスケアSaaS 7社です。Veeva、Doximity、Health Catalyst、Phreesia、Certify、NextGen、HealthStreamが並びます。中央値はARR倍率4.5倍と紹介されています。エントリーの3.6倍より高く、想定エグジットの7.0倍より低い水準です。成長率も対象の35%に対し、同業の中央値は18%とされています。
想定エグジットの7.0倍は、上場同業の現在値を上回ります。サンプルは、18か月前に速く成長していた同業が8〜10倍で取引されていたことを引き、市場倍率が部分的に戻ることを前提に置いています。つまり7.0倍は、現在の水準では裏づけられていません。市況の部分的な回復と、同業より速い成長に上乗せ評価がつくという2つの仮定に支えられた数字です。
顧客集中も同じ型です。サンプルは上位3社で42%という集中度を「この規模の業界水準に合う」と書いていますが、この判断はWeb検索の結果に基づく記述です。自分の案件で同じ文が出たら、検索で引いた出典のページを開いて、対象企業と規模や業態が近いかを確かめます。
前提を追加のやり取りで検証する
初稿の成長率やエグジット倍率は、もっともらしい一案にすぎません。ユースケースページが挙げる2つの追加依頼で、根拠を補強できます。
成長率の妥当性。「この成長率は楽観的に見える」と感じたら、ポートフォリオ内の類似企業や公開同業から、同じ規模で実際にどう伸びたかを引かせます。その例文は「ARR $50Mから始まった企業の前年比成長率を示し、我々の経路は現実的か、強気すぎるか」と尋ねる形です。
エグジット倍率の妥当性。上場企業の現在の取引倍率だけでなく、実際に成立したM&A事例まで見ます。例では、Researchを使って「直近18か月・ARR $50〜100Mの同業種のエグジット事例」を調べさせ、想定7.0倍と比べる例を示しています。Researchは数分かかる代わりに、出典付きの報告を返します。使い方はClaudeリサーチの使い方にまとめています。
財務データコネクタが有効なら、社内の実績と外部の市場データを同じ会話で突き合わせられます。やり取りが残るので、あとから「なぜその前提を置いたのか」を辿る記録にもなります。
返ってくるモデルの5シート構成
公式サンプルのExcelは、IC提出を想定した5シートです。
| シート | 内容 |
|---|---|
| Executive Summary | 内容案件構造・3シナリオのリターン・投資テーゼ・リスク概要 |
| Financial Model | 内容5年間の予測、前提セルの色分け、P&Lからキャッシュフローまでの自動計算、エグジット時評価額 |
| Scenario Analysis | 内容3シナリオと、成長率×エグジット倍率のIRR感応度表(25通りの組み合わせ) |
| Risk Assessment | 内容案件固有のリスクを、発生可能性・影響度・軽減策とともに一覧化(サンプルは7項目) |
| Comps & Valuation | 内容上場同業の取引倍率と、対象企業の指標を並べた比較表(サンプルは7社) |
5シートはサンプルでの構成で、常にこの形になると保証されているわけではありません。テンプレートを指定しなければ、社内フォーマットとは別の体裁で返ることもあるので、ICテンプレートの取得指示は入れておきます。
つまずいたときの見分け方
症状ごとに、原因と対処を並べます。
数値が怪しいときの2つの原因
取得元が無い数値
財務データコネクタが有効でないと、Claudeには実績値の取得元がありません。出どころの分からない数値が並ぶ原因になります。「この数値はどのデータソースの何という項目か」を明示させ、答えられない数値は自分で調べ直します。
根拠が古い数値
エグジット倍率は、取得した現在の取引倍率が土台の一案です。市況が動けば妥当性も動くため、上の検証で成立済みの事例を追加で確認します。
出力の体裁が社内の様式と合わない。ICテンプレートを指定しないと、様式(色分け、必須セクションの並び)が社内の承認フローと合わないことがあります。ファイル管理コネクタから取得させるか、既存モデルを添付して型を示します。
あとから案件情報を足して整合が崩れる。先に返ったモデルの前提と食い違うため、取り直しが必要になります。4要素は最初のメッセージにまとめておく方が、やり直しは少なくなります。
作った後の運用と次の作業
compsの更新は、コネクタが繋がっていれば手作業で行う必要はありません。ユースケースページは「最新の同業compsを取得して、バリュエーションシートを更新して」のように頼む例を挙げています。取引倍率は市場に合わせて動くため、更新を定期の作業にできます。
決算が出たときの見直しは、ゼロから作り直さず、公表内容と既存モデルの前提を突き合わせる別の手順になります。詳細は決算後の財務モデル更新の記事にあります。モデルの結論を投資委員会向けの文章にする作業は、投資メモの下書き作成の記事が扱っています。
金融機関の職種別の指示の出し方は金融業界のClaude活用ガイド、Excelと並んでスライドまで作る流れはClaude for PowerPointの使い方が参考になります。自社の価格改定を試算するなら、値上げシミュレーションの組み方が離脱率の置き方まで扱います。事業会社の中期経営計画で前提表と3シナリオを組む流れは、中期経営計画の作り方にあります。
まとめ
生成されたモデルは、自分の算術で1度は通すことが前提です。倍率とIRRの整合、評価額の導出を確かめれば、サンプルにも見つかる食い違いを、自分の案件で先に拾えます。
投資判断そのものは、このモデルの外側にあります。数値の根拠が取得元まで辿れる状態にしておくと、レビューの時間を前提の検討に使えます。