個人情報を含むプロンプト入力は第三者提供にあたるか
生成AIサービスへの個人データ入力が個人情報保護法の第三者提供にあたるかは、委託の例外が効くかどうかで分かれます。分かれ目になる考え方をClaudeの契約構造と照らして検討します。
分かれ目は「応答結果の出力以外の目的で使われるか」
個人情報保護法を所管する委員会は2023年6月2日の注意喚起で、個人情報を取り扱う事業者向けにこう書いています。「あらかじめ本人の同意を得ることなく生成AIサービスに個人データを含むプロンプトを入力し、当該個人データが当該プロンプトに対する応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合、個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性がある」。
この一文は、個人情報保護法のどの条文の話かを明示していません。しかし読み解くと、争点は法27条の「第三者提供」規制、より正確にはその適用を除外する「委託」の例外(法27条5項1号)が効くかどうかに行き着きます。生成AIサービスにデータを渡す行為そのものが常に第三者提供になるわけではなく、委託の枠に収まっている限り第三者提供の同意規制は及びません。この記事では、その枠がどこで外れるのかを検討します。注意喚起の全体像(事業者向け・行政機関向け・利用者向けの7項目)は別記事の対応表にまとめています。本記事はそのうち②の1点だけを掘り下げます。
「第三者提供」の原則と、委託が例外になる理由
個人情報保護法27条1項は、個人データを第三者に提供する場合、原則としてあらかじめ本人の同意を得ることを求めています。生成AIサービスの運営会社は、データを提供する側(利用企業)から見れば別法人格の「第三者」にあたるため、字面どおりに読めば同意が必要になりそうです。
ここで効くのが27条5項の例外規定です。法27条5項1号は、委託に伴う提供が例外になる条件をこう定めています。
個人情報取扱事業者が利用目的の達成に必要な範囲内において個人データの取扱いの全部又は一部を委託することに伴って当該個人データが提供される場合
この条件を満たす限り、提供先は法律上「第三者」として扱われません。同意なしで渡してよいことになります。
条件は2つに分解できます。ひとつは「利用目的の達成に必要な範囲内」であること。もうひとつは、その範囲内での「取扱いの委託」であることです。生成AIサービスへのプロンプト入力にあてはめると、「プロンプトへの応答を生成する」という目的の達成に必要な範囲内でだけデータが使われている限り、これは委託にあたります。範囲を超えて使われた瞬間、委託の外に出ます。
Claudeへの入力は「委託」の枠に収まるか
「応答結果の出力以外の目的」の典型が、入力データをAnthropic自身のモデル学習に使うことです。委託の条件である「利用目的の達成に必要な範囲内」を、モデル学習という別目的の利用は明らかに超えます。したがって、学習に使われるかどうかが、委託の枠に収まるかどうかの実務上の分水嶺になります。
Claudeの商用プラン(Team・Enterprise・Anthropic API)は、この点の契約上の手当てがはっきりしています。Anthropicは「デフォルトでは、商用製品からの入力・出力をモデル学習に使用しない」と明記しています。Commercial Terms of Serviceに付随するData Processing Addendum(DPA)は、データの取扱いを契約上の指示(処理の指図)の範囲に限定する構成になっています。この構成そのものが、「利用目的の達成に必要な範囲内」を契約で担保する仕組みです。
個人向けプラン(Free・Pro・Max)は事情がやや複雑です。学習利用の可否がアカウント単位の設定に紐づいており、設定の既定や例外の詳細はClaudeを学習させない設定にまとめています。業務で個人情報を扱う判断をする場面では、契約書を読めば済む商用プランと違い、その設定を都度確認する運用が必要になる点が実務上の分かれ目です。
「機械学習に使われない」だけでは足りない理由
契約上、入力データが学習に使われないことを確保できたとしても、それだけで委託の条件を満たすとは限りません。「利用目的の達成に必要な範囲内」という要件は、学習利用の有無だけでなく、そもそも自社が特定した利用目的の範囲を超えていないかという、自社側の確認事項も含んでいます。委員会の注意喚起も、事業者向けの1点目として「特定された当該個人情報の利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認すること」を独立した項目に挙げています。委託先の契約を確認する作業と、自社の利用目的を確認する作業は別物で、片方だけでは終わりません。
もうひとつ見落としやすいのが、委託先の監督義務(法25条)です。委託の例外は「委託していること」を根拠にしていますが、委託した以上、委託先が実際に契約どおりデータを扱っているかを監督する義務は提供元に残ります。Anthropicが商用プランの契約で学習不使用を約束していても、それを自社側で確認・記録する運用が別途必要になるという整理です。契約で「提供」性を消せるのは委託の枠を作るところまでで、監督の実務まで契約書が肩代わりしてくれるわけではありません。
なお、この整理が崩れる経路も存在します。会話画面の高評価・低評価ボタンでフィードバックを送ると、そのやり取りは個別の同意行為として扱われ、学習利用の対象になり得ます。これはユーザー個人の任意の操作であり、委託の枠組みそのものとは別の経路です。組織としてこの経路を閉じたい管理者は、Team・Enterpriseの組織設定からフィードバック送信自体を無効化できます。手順は先述の記事で扱っています。
安全性レビュー目的の一時保持は「範囲内」に含まれるか
委託の枠を考えるうえで、もうひとつ確認しておきたい経路があります。Anthropicは一部のモデル(Covered Models)について、契約上のゼロデータ保持(Zero Data Retention、ZDR)の合意があっても、入力・出力を安全性レビューのために30日間保持する運用を導入しています。虐待的コンテンツや大規模な不正利用キャンペーンのように、1件ずつではなく複数のリクエストを横断して見なければ検知できない脅威に対応するための措置です。
これは「応答結果の出力以外の目的」に見えるため、一見すると委託の枠から外れそうです。ただしこの保持は既定で人手のレビュー対象にはなりません。Anthropicの担当者が読めるのは、自動の不正利用検知システムがフラグを立てた場合に限られ、アクセスは改ざん不可能なログに記録される設計です。30日後は自動で削除されます。目的が「モデルの汎用的な性能向上」ではなく「自社サービスの安全性を保つための異常検知」に限定されている点は、委託の趣旨(受託者が独自の目的で利用しない)との整合性を検討するうえで無視できない材料です。この保持を「範囲内」と見るか「範囲外」と見るかは、扱うデータの性質やリスク許容度によって判断が分かれるところで、一律の答えはありません。少なくとも、学習利用の設定をオフにしても保持自体はゼロにならないという事実は、実務上押さえておく価値があります。
よくある質問
注意喚起は「第三者提供」という言葉を使っているか
いいえ。注意喚起本文は「個人情報保護法の規定に違反することとなる可能性がある」という表現にとどまり、条文番号を明示していません。本記事で示した「第三者提供の委託例外」という読み方は、委員会が公表している別のガイドライン(外国にある第三者への提供編)が委託例外の条文を引用している構成をもとに整理したものです。
プロンプトに個人情報を入れなければこの論点自体が発生しないか
そのとおりです。第三者提供や委託の議論は、そもそも個人データをプロンプトに含める場面でのみ問題になります。含めない設計にできるなら、この論点を回避できます。
オプトアウト設定さえ切れば、企業としての義務はすべて満たされるか
学習利用を止めれば「応答結果の出力以外の目的で取り扱われる」という主要な経路は塞げます。ただし、自社が特定した利用目的の範囲内かどうかの確認や、委託先の監督義務は、学習設定とは別に残る義務です。
海外にあるAnthropicへのデータ移転は、第三者提供とは別の論点か
はい、別の論点です。第三者提供にあたるかどうかとは別に、提供先が外国にある場合は個人情報保護法28条の「外国にある第三者への提供」の規律が関わってきます。この論点はClaudeへの個人データ入力は外国にある第三者への提供にあたるかで扱っています。
まとめ
個人データを含むプロンプトを生成AIサービスに入力する行為は、それ自体が一律に第三者提供になるわけではありません。「利用目的の達成に必要な範囲内」で使われている限り、委託の例外が効き、同意なしでの提供が認められます。分かれ目になるのは、入力データがモデル学習に使われるかどうかです。Claudeの商用プランは、この範囲を契約(Commercial Terms of ServiceとDPA)で限定する構成を取っています。個人向けプランは学習設定への依存が大きく、都度の確認が必要です。契約で確保できるのは委託の枠を保つところまでで、自社の利用目的の特定や委託先の監督義務は、契約とは別に自社が担う実務として残ります。