Claude Scienceの文献レビュー実例 — 研究者のデータ解析・図表作成をどう代替するか
Allen Institute・UCSF・Manifold Bioの事例から、Claude Scienceが文献レビュー・データ解析・図表作成を具体的にどう変えたかを見ます。
Allen Instituteの研究者は、1本に最長2年かかることもあった文献レビューを、Claude Scienceで約10本まで仕上げました。多くは100ページを超えます。UCSFの研究チームは、神経膠腫(グリオーマ)の分子疫学の解析を従来のおよそ10分の1の時間で終えました。Manifold Bioの研究者は、生データから論文品質の図までを1回のセッションで作れると語っています。文献レビュー・データ解析・図表作成の3つの作業で、何がどこまで変わるのかをこの記事で見ていきます。
3つの実例は研究者のどの作業を肩代わりしているか
研究者はPubMed・Jupyter・R・クラスタのターミナルを渡り歩き、データベースごとに違うスキーマやファイル形式に合わせてパイプラインを組んできました。研究者向けのAIワークベンチとして発表されたClaude Scienceは、その作業を1つの環境にまとめた製品です。
利用者が話しかける相手は調整役のエージェントで、ゲノミクス・単一細胞解析・プロテオミクス・構造生物学・ケモインフォマティクスなどに向けた60超のスキルとコネクタを使います。調整役は別のエージェントを立ち上げられ、ユーザーが作った専門エージェントとも組めます。出力の来歴がどう記録されるかはClaude Scienceは再現性をどう担保するかに任せ、ここでは3つの実例の中身と、同じことを自分の環境で試すときの分かれ目を扱います。
文献レビュー — Allen Instituteは何をどう分業させたか
Allen Instituteの神経科学者Jérôme Lecoq氏が作ったのは、約20個のカスタムスキルからなる多エージェントの「計算論的レビューテンプレート」です。流れは4段に分かれます。
Lecoq氏のレビュー生成パイプライン
- 1
論文を読み込む
サブエージェントが数千本の論文を読み、各論文の中心的な主張と主要な定量結果を取り出します。結果は「エビデンス状態データベース」に蓄えられます。
- 2
物語の骨格を作る
エビデンスをもとに、レビュー全体の筋書きを組み立てます。
- 3
節ごとに別のエージェントが書く
各節は、その節専用のサブエージェントに任されます。
- 4
図もデータベースから作る
節ごとの専用エージェントが、複数の研究を横断する定量的な図をエビデンスデータベースから直接生成します。
要になるのは、書くエージェントと、正確さと引用の忠実さを評価する別のエージェントを対にする「アクター・クリティック」の組み合わせです。レビューの引用は、クリティックの検査を通ったものです。
同じAllen InstituteのTrygve Bakken氏(Associate Investigator)は、もっと日常的な使い方を挙げています。生物学の問いを「根拠が揃い、仮説を生み、チームの批評にすぐ回せる」一次的な文献レビューとゲノム解析に変えてもらう、という使い方です。大部のレビューを仕上げる使い方とは別に、チームで批評する前の最初の版を作る使い方です。
組み込みのレビューアーと自作のクリティックはどう違うか
Claude Science自体にも、検証を担う仕組みがあります。レビューアーは、直近の応答・承認済みの計画・保存した成果物・実行記録を読み直し、主張が実際に実行された内容と合っているかを確かめます。見つける対象は、実行していない計算を「計算した」と報告している、応答の値が元のファイルと食い違う、引用が主張を支えていない、DOIが別の論文に解決される、といった不一致です。
組み込みのレビューアーとLecoq氏のクリティック
組み込みのレビューアー
解析の再実行はせず、その方法が研究課題に適切だったかも判定しません。Max・Team・Enterpriseでは自動レビューが既定でオンで、Proでは既定でオフです(セッションごとにオンにできます)。
自作のクリティック
対象は文章の正確さと引用で、分野ごとに自分で作れます。Lecoq氏のチームは、各分野の専門家と一緒に評価の基準を磨き込んでいます。
組み込みのレビューアーには、Settings > Specialists > Reviewer のInstructions欄に独自のチェックを足せます。足した基準は毎回のレビューに加わり、組み込みのチェックを外したり弱めたりはできません。自分でスペシャリストを作れば、さらに自分の流儀に合わせたレビューや判定も任せられます。方法の妥当性までは見ないという組み込みの限界を、利用者側の基準で埋める余地が公式に用意されている、ということです。
論文の全文はどの順で取りに行くか
文献レビューの土台は全文へのアクセスです。DOIまたはタイトルを渡すと、Claudeは次の順に取得を試み、取れたPDF・XML・テキストをセッションに保存します。
全文取得の試行順
- 1
オープンアクセスの写し
Unpaywall・Semantic Scholar・PubMed Centralを順に当たります。
- 2
CrossRefの全文リンク
出版社が登録している全文リンクを使います。
- 3
鍵を持つ出版社の経路
出版社のAPIキーを追加していれば、その経路で取得します。
- 4
所属機関のライブラリプロキシ
登録済みのプロキシを通して、出版社のリンクを再試行します。
- 5
出版社のページ
最後に出版社のページそのものを当たります。
何を追加すると何が変わるかは、キーごとに効き方が違います。設定は Settings > Credentials の Services 一覧にあるLiterature access (journals, etc.) で行います。Claude Scienceアプリ自身の設定で、claude.aiのアカウント設定や組織設定とは別の画面です。
| 追加するもの | 効果 |
|---|---|
| Elsevier APIキー + 機関トークン | 効果Elsevier経路が有効になる(購読契約は別に必要) |
| Springer Nature APIキー | 効果Springer Nature経路が有効になる |
| Semantic Scholar APIキー | 効果Semantic Scholarの段が速くなる |
| NCBI APIキー | 効果PubMedの上限が毎秒3件から10件に上がる |
| CORE APIキー | 効果保存はされるが、全文取得では使われない |
| EZproxy URL + セッションCookie | 効果出版社リンクを図書館経由でやり直す |
Lecoq氏のように数千本の論文を読み込ませるなら、PubMedの上限が変わるNCBI APIキーが効きやすい設定です。迷いやすいのは次の3点です。
- 論文が開けないとき、所属機関が購読していなければ、どのキーを足しても同じです。キーはいま持っているアクセス権を使えるようにするだけで、ペイウォールは回避しません。
- OpenAlexは別の項目で、無料のAPIキーがないと検索自体が動きません。リクエストごとにキーを要求されます。APIの引き方はOpenAlex APIの引用の辿り方にあります。
- Unpaywallの段を使うには連絡用メールアドレスの共有が要ります。初めて必要になった場面で確認のカードが出ます。
SettingsのGeneralタブのContact emailでも設定できます。
リクエストは各提供元に毎秒1回のペースで送られ、制限を求められれば待ちます。ペイウォール越しのHTMLはスクレイピングしません。キーの入れ方や取れないときの切り分けはClaude Scienceの文献アクセス設定にあります。
データ解析 — UCSFの10分の1と、1年足踏みしたウイルス混入
UCSF脳腫瘍センターの准教授で疫学者のStephen Francis氏は、神経膠腫の分子疫学を研究しています。小さな効果をもつ数千の生殖細胞系列バリアントが、個人の発症しやすさをどう形づくるかを調べる研究室です。Claude Scienceの登場前から続けていた研究で、複数の手法をまたぐ生殖細胞系列の解析を、従来のおよそ10分の1の時間で終えられるようになりました。結果はFrancis氏のグループが独自に検証しています。
もう1つの成果は、バルクRNAシーケンスのデータに混ざっていた実験室由来のウイルスです。Francis氏は「ほぼ1年足踏みしていた問題で、最初に得られた重要な発見の1つになった」と述べており、Claude Scienceはこれをすぐ見つけたそうです。
組織を狙って届ける医薬品を設計するManifold Bioは、標的の選定に使いました。組織と標的ごとに表面発現・輸送特性・安全性を評価させ、自社データから学んだ基準で候補を順位づけています。汎用のコーディングアシスタントとの違いは、データ集めから判断までを、過去のプログラムの文脈ごと通して任せられた点だと同社は説明しています。
製品ページのFAQには、汎用のAIアシスタントは生物学を語れても、パイプラインの実行やクラスタジョブの調整はできない、とあります。前のセッションで何が起きたかを追えない点も挙げられています。
解析を下支えするのが、標準で有効な公共データベースへのコネクタです。Settings > Connectors で個別にオフにでき、読み取り専用で、アカウントやキーは要りません。
| コネクタ | 主な接続先 |
|---|---|
| Genomes | 主な接続先Ensembl(VEPを含む)、UCSC |
| Variants | 主な接続先gnomAD、ClinVar、dbSNP |
| Human Genetics | 主な接続先GWAS Catalog、FinnGen、BioBank Japan |
| Expression | 主な接続先GTEx |
| Structures & Interactions | 主な接続先PDB、AlphaFold、EMDB、Complex Portal、IntAct |
| Chemistry | 主な接続先PubChem、ChEBI、Rhea、BindingDB |
| Literature Graph | 主な接続先OpenAlex、arXiv(OpenAlexは無料のキーが必要) |
Francis氏のような生殖細胞系列バリアントの解析なら、接続先の候補はVariantsのgnomAD・ClinVarやHuman GeneticsのGWAS Catalogです。
PubMed・Clinical Trials・ChEMBL・bioRxivの4つはコネクタディレクトリから追加します。Team・Enterpriseでは、組織に追加されて初めて表示されます。HIPAAコンプライアンスを有効にした組織では、標準のコネクタが管理者の許可があるまでオフで始まる点も、導入前に押さえたい条件です。
モデル別のスキルは、AlphaFold2・Boltz-2・Chai-1・ESMFold2・OpenFold3・ProteinMPNN・DiffDockです。ESM-2・Evo 2・Borzoi・scGPT・scvi-toolsのスキルもあります。必要な場面でClaudeが自動で読み込みます。/ でスキル一覧を開いて明示的に指定もできます。AlphaFold2・Boltz-2・Chai-1・OpenFold3のスキルは、公開のColabFoldサーバー(api.colabfold.com)で配列アラインメントを作れます。その場合、タンパク質配列はAnthropicを経由せず、手元のコンピューターか自前の計算環境から直接そのサーバーに送られます。未公開配列を扱うときの確認事項です。scRNA-seqのQCだけを手元で回すなら、single-cell-rna-qcスキルの手順もあります。
図表作成 — Manifold Bioの「再現できる図」
図には、それを作ったコード・実行環境・会話履歴が紐づきます。数か月後に同じ図を検証するときも、手順を最初から思い出す必要がありません。セッションはどの時点からでもフォークでき、元の流れを失わずに2つの手法を比べられます。変数・データフレーム・読み込んだモデルは、解析の間ずっとメモリに残ります。
図に手を入れるときは、場所を言葉で説明するより、コメントを貼るほうが確実です。操作は選択してから Comment を押し、文を入力してEnterで保存します(改行はShift+Enter)。保存しただけでは送られず、複数件をためて次のメッセージと一緒に送るか、1件ずつ送るかを選べます。送るとClaudeにはファイル名・引用箇所(または印を付けた画像)・コメント本文が届き、送信後のコメントはメッセージ上のカードになります。
コメントを付けた図は、Claudeがその図を作ったコードを読み、コードごと直接編集します。グリッド線を消す、軸を対数にする、といった依頼を文章で書いても通ります。
コメントを付けられるもの
付けられる
Markdown・プレーンテキスト・LaTeX・コードのファイルは文を選択して、PDFも文を選択して付けます。画像や図は該当の点をクリックします。HTMLレポートはCommentをオンにして要素をクリックします。セッションの記録にも付けられます。
付けられない
表など、上に挙げた以外の成果物には付けられません。
仕様には癖もあります。Claudeが成果物を直したあとは、新しい版に改めてコメントを付けます。ダウンロードにはコメントは含まれず、Files にも出ません。
領域ごとのスキルと、自分のやり方をスキルにする方法
3つの実例の土台には、領域別の使い方があります。単一細胞RNAシーケンス解析では、複数の組織にまたがる数百万個の細胞をクラスタリングして注釈を付け、マーカー遺伝子を洗い出し、どの図もそれを作ったコードまで辿れます。系統・進化解析では、オルソログの整列から最尤系統樹の推定、機能残基の系統樹上へのマッピングまでを1つの再現可能なセッションで進めます。
タンパク質構造では、予測済みの構造にドメインや臨床的なバリアントを重ね、3Dで対話的に調べます。ケモインフォマティクスでは、生物活性データの検索、物性や類似性の計算、2Dスケッチャー上での構造の描画・修正を続けて行えます。複数の領域にまたがるプロジェクトでは、調整役のエージェントが専門エージェントと連携できます。
「literature review」や、臨床応用の検討に使う「indication dossier」のような作業単位のスキルもあります。自作は Settings > Skills のAdd skillから始めます。方法は、Chat with Claude・Write from scratch・Upload a skill・Import from GitHubの4通りです。非公開リポジトリからも、Settings > Credentials にGitHubトークンを入れれば取り込めます。あるセッションのやり方をスキルに抽出するよう頼むことも可能です。Lecoq氏の約20個のカスタムスキルも、同じ種類の部品です。
注意が要るのはGitHubから取り込んだスキルです。自動では更新されません。Settings > Skills の Imported にあるリポジトリ名の三点メニューからCheck for updates… を選びます。すると既定ブランチの最新コミットと照合し、変更があったスキルと新しいスキルが並びます。Team・Enterpriseでは、組織が自作スキルを許可している場合に限って更新できます。
実例の数字はどこまで一般化できるか
自分の環境と比べる軸は2つあります。1つは、すでに進めている研究や既存のパイプラインがあるかどうかです。Francis氏の10分の1は、そうした研究への適用で、結果はグループが独自に検証しています。もう1つは、自作できるスキルの数です。Lecoq氏の約10本は、約20個のスキルを自作した研究室の成果です。
Whitehead InstituteでMITの生物学教授も務めるIain Cheeseman氏は、計算生物学が専門ではない立場で、これまで手が届かなかった解析が現実になったと述べています。解析を実行し、既存のWebサイトを滑らかに行き来し、科学的な中身を慎重に考える点を挙げています。専門外の研究者が自分の問いにたどり着くための道具、という読み方もできる発言です。天文学では、紫外線の全天マップという後回しにされてきた作業をエージェントのチームに任せた事例もあり、経緯はClaude ScienceでUV全天マップを作成にまとめています。
まとめ
最初に試す実例は、既存の研究や自作スキルの手持ちが近いものから選ぶ、という選択肢があります。導入できるプランと対応OSはClaude Scienceの対応プランと料金にまとめています。
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