Claudeで食中毒発生時の初動記録を作る — 保健所へ伝える時系列の整え方
食中毒の疑いが出た直後に、調理担当・提供日・喫食者・症状の聞き取りメモをClaudeのProjectsで時系列に並べる手順。食品衛生法の届出の位置づけと、Claudeに任せない範囲も示します。
食中毒の疑いが出た直後は、電話と口頭の情報が一気に集まります。誰が調理したか、いつ提供したか、何人が食べて何人が具合を悪くしたか。これを後から思い出して並べるのは難しく、保健所に聞かれて答えが揺れると、現場の信頼も落ちます。
Claudeは、聞き取りメモを時系列に並べ直し、「まだ聞けていない項目」を洗い出す作業に向いています。一方で、原因の断定や保健所への届出の判断は任せられません。この記事では、ClaudeのProjectsに聞き取りメモを集め、保健所へ連絡する前に事実を整える手順を、プロンプトの実例つきで説明します。
初動記録に入れる項目と、法令上の位置づけ
先に、記録の宛先を押さえます。食品衛生法第63条第1項は、食中毒患者等を診断した医師に、直ちに最寄りの保健所長へ届け出る義務を課しています。条文が届出義務者として名指しするのは医師です。同条第2項で、保健所長は届出を受けたとき、その他食中毒患者等が発生していると認めるときに、都道府県知事等への報告と調査を行います。
事業者の側から見ると、保健所の調査は同法第28条の臨検検査と結びつきます。都道府県知事等は、営業者その他の関係者から必要な報告を求め、営業の施設や帳簿書類を検査できます。つまり、調査が入った時点で「何を、いつ、誰が」を示せる記録が手元にあるかどうかが、そのあとの動きを左右します。
初動記録は、この調査に答えるための手元メモです。届出書の様式ではありません。入れる項目は次のとおりです。
| 項目 | 聞き取り先 | 記録のコツ |
|---|---|---|
| 調理担当・配膳担当 | 聞き取り先厨房の責任者 | 記録のコツ氏名より役割と番号で。当日の体調も聞く |
| 提供日・提供時刻 | 聞き取り先予約表・伝票 | 記録のコツ「昼ごろ」と「12:10の伝票」を分けて書く |
| 提供メニュー | 聞き取り先献立表・仕入れ記録 | 記録のコツ食材の仕入れ先とロットが分かれば添える |
| 喫食者と人数 | 聞き取り先予約・団体名簿 | 記録のコツ食べた人数と食べていない人数を両方書く |
| 症状・発症時刻 | 聞き取り先本人または連絡者 | 記録のコツ聞いた時刻と聞いた人も残す |
| 手元に残る食品・検食 | 聞き取り先冷蔵庫・冷凍庫の担当 | 記録のコツ有無、保管場所、保管量だけを書く |
症状と発症時刻の欄は、特に曖昧になりがちです。厚生労働省の食中毒のページは、原因を細菌、ウイルス、自然毒、化学物質、寄生虫に分け、食べてから症状が出るまでの期間や症状も原因ごとに異なると説明しています。発症時刻が1時間ずれるだけで、疑う原因の幅が変わるわけです。聞き取りの段階では、時刻の幅ごとそのまま残します。
Projectsにメモを集める
聞き取りメモは、1回のチャットではなくProjectsに置くと扱いやすくなります。Projectsは、独自のチャット履歴と知識ベースを持つ作業スペースです。文書やテキストをアップロードでき、プロジェクトごとにカスタム指示も定められます。無料アカウントでも使えますが、作れるのは5つまでです。
インシデント1件につきProject 1つを作り、次の3種類を入れます。
- 献立表・予約表・勤務表(調理担当の確認用)
- 聞き取りメモ(電話のメモ、LINEの文面、手書きの写真を文字起こししたもの)
- カスタム指示(下の例)
なお、公式ヘルプはProjectsの新しい版(ベータ)を段階的に展開中だと案内しています。画面の構成が手元と違う場合は、「ファイルを置く」と「指示を書く」の2点が同じ役割だと読み替えてください。
カスタム指示には、役割と禁止事項を書きます。以下は書き方の一例です。
あなたは飲食店の衛生管理担当を補助する記録係です。
目的: 食中毒の疑いに関する聞き取りメモを、保健所に伝えられる形で整理する。
守ること:
- メモに書かれていない事実を補わない。不明な項目は「未確認」と書く
- 原因食品・原因菌・責任の所在を断定しない。推測も書かない
- 時刻は「メモの記載のまま」と「24時間表記に直した値」を並べる
- 氏名は役割名か仮番号(A、B、C)で扱う
- 出力は表と箇条書きのみ。評価や感想は書かない「補わない」と「断定しない」の2行が、この運用の要です。Claudeは欠けた情報を自然な文で埋める力が強いため、歯止めを先に置いておかないと、記録に存在しない「昼12時ごろ提供」が紛れ込みます。
聞き取りメモから時系列を作る
メモを入れたら、最初の依頼は時系列の作成です。次のプロンプトを、そのまま使えます。
Projectsにある聞き取りメモをすべて読み、次の形式で整理してください。
1. 時系列表(列: 日時 / 出来事 / 情報源のメモ名 / 確度)
確度は「伝票などの記録あり」「本人の記憶」「伝聞」の3段階
2. メモ同士で食い違っている点の一覧(どのメモとどのメモか)
3. まだ聞けていない項目の一覧(調理担当、提供時刻、喫食者数、
症状の有無、手元に残る食品の有無のうち、空いているもの)
推測で埋めず、空欄は「未確認」としてください。返ってくる表のイメージは、たとえば次のようなものです(架空の例で、実際の出力ではありません)。
| 日時 | 出来事 | 情報源 | 確度 |
|---|---|---|---|
| 10/18 11:40 | 出来事団体予約12名の仕込み開始 | 情報源厨房メモ1 | 確度本人の記憶 |
| 10/18 12:10 | 出来事団体への提供 | 情報源伝票 | 確度記録あり |
| 10/19 02:00 | 出来事喫食者Aが腹痛を訴える電話 | 情報源電話メモ2 | 確度本人の記憶 |
食い違いの一覧が、この手順でいちばん役に立つ部分です。「調理担当は2人」と「3人」のように、聞き取り先ごとに答えが違う箇所を表に出してくれます。保健所に伝える前に、現場へ確認を戻せます。
潜伏時間を計算させ、原因は推測させない
もうひとつ任せられるのが、喫食から発症までの経過時間の計算です。時刻の引き算は間違えやすい作業なので、Claudeに表を作らせて、人が検算します。
喫食者ごとに、喫食時刻から発症時刻までの経過時間を計算してください。
- 時刻に幅がある場合は、最短と最長の両方を出す
- 症状のない喫食者も表に残す
- 表のあとに、経過時間の最短・最長だけを1行で示す
- 原因の推定、疑わしい食品の指摘、病名の推測はしない最後の行を入れる理由は2つあります。ひとつは、原因ごとに潜伏期間と症状が違うとはいえ、原因の特定は保健所の調査と検査の仕事だからです。もうひとつは、事業者が書いた記録に「ノロウイルスだと思う」と残ると、その後の調査で先入観として働くおそれがあるからです。記録には、観察できた事実と時刻だけを残します。
手元に残る食品の整理
調査では、提供した食品そのものが手がかりになります。ここでも、Claudeに頼むのは「棚卸し」までです。
献立表と仕込み記録から、当日提供したメニューを一覧にし、
次の列を作ってください。
メニュー名 / 主な食材 / 提供数(メモにある場合のみ) /
手元に残る食品(有無はメモの記載どおり、不明は「未確認」)/
保管場所(メモの記載どおり)廃棄や処分の判断は、この表からは出しません。現場の判断で捨てる前に、保健所へ連絡して指示を仰ぐ流れにしておくと、記録が残っている食品を失いません。保健所への連絡先と窓口は、あらかじめ自店の所在地を管轄する保健所の番号を、Projectのカスタム指示の末尾に一行書いておくと、初動で探す手間が省けます。
聞き取りの質問票を先に作らせる
メモが空欄だらけだと、Claudeは何を聞き返せばよいか分かりません。そこで、電話口で使える質問票をProjectの最初の作業としてClaudeに作らせます。
上の6項目(調理担当・提供日時・メニュー・喫食者・症状と発症時刻・
手元に残る食品)について、電話で聞き取るときの質問票を作ってください。
- 1項目につき質問は3つまで。はい・いいえで答えられる形を優先
- 「いつ」を聞く質問には、記録(伝票・予約表)で裏が取れるかも聞く
- 症状のない人、軽い症状の人にも同じ質問を聞ける形にする最後の条件には根拠があります。厚生労働省のページは、家庭での発生では症状が軽く、発症者が1人や2人のことも多いため、風邪などと思われて食中毒と気づかれにくいと説明しています。飲食店でも、同じ席で食べた人のうち症状を訴えるのが一部だけ、ということは起こりえます。「元気な人」を聞き取りから外すと、喫食者の母数と発症者の割合が見えなくなります。
保健所の調査が始まったあとの記録
保健所から質問や指示が来たら、初動記録は追記する段階に入ります。ここで守る点は3つです。
- 元の聞き取りメモは書き換えず、追記は日時付きの別メモにする
- 保健所に伝えた内容と、保健所から受けた指示を、同じ時系列表に入れる(列「情報源」に「保健所○○課」のように書く)
- 新しいメモを入れるたびに、先ほどのプロンプトで食い違いの一覧を作り直す
食い違いの一覧は、調査の途中で新しい事実が出るたびに増えます。放置せず、現場への再確認を一つずつ閉じていきます。
資料が多いとき、共有できないとき
団体客の名簿や仕込み記録を丸ごと入れると、Projectの知識ベースが大きくなります。公式ヘルプによると、有料プラン(Pro、Max、Team、Enterprise)ではプロジェクトの知識がコンテキストの上限に近づくと、RAGモードが自動で有効になり、容量が最大10倍まで広がります。無料アカウントにはこの拡張がないため、名簿は必要な日の分だけに絞って入れます。
共有にも条件があります。Projectの共有はTeamとEnterpriseだけの機能で、Ownerが共有をオフにしている組織では、メンバーに見せられません。個人プランで記録係が1人のときは、時系列表をファイルに書き出して関係者へ渡す形になります。
つまずきやすい点
個人情報の扱い。喫食者の氏名、電話番号、症状は健康に関わる情報です。カスタム指示で仮番号を使うよう定め、番号と氏名の対応表は別の場所に置きます。Team・Enterpriseプランでは、Projectを組織内で共有できます。共有範囲を「閲覧のみ」に絞り、記録係以外が書き換えられない状態にしておくと、あとで記録の改変を疑われずに済みます。
記録の書き換え。時系列表を何度も作り直すと、どの版を保健所に渡したのか分からなくなります。作った表は日時入りのファイル名で保存し、渡した版には「提出」と書き添えます。
Claudeの出力をそのまま渡さない。表は整理の道具で、事実の根拠は伝票や予約表などの原本です。保健所から聞かれたときは、表ではなく原本を示します。
事前の備えとの切り分け。この手順は発生後の記録です。衛生管理計画そのものの下書きはClaudeでHACCP衛生管理計画とメニュー原価計算を下書きする方法、自主回収に進んだ場合の届出書は食品リコール届出書の書き方にあります。社内外への説明が必要になる事態に備えた訓練は、危機広報の机上訓練シナリオが参考になります。記録の信頼性を点検する観点は、製造記録のデータインテグリティ点検で扱っています。
平時のうちに用意しておくもの
発生してからProjectを作ると、指示文を考える余裕がありません。次の3点だけ、平時に雛形を作っておくと動けます。
- カスタム指示(上の例を自店用に直したもの)
- 聞き取りの質問票(上の表の6項目をそのまま質問にしたもの)
- 管轄保健所の連絡先と、営業時間外の連絡方法
苦情の連絡は、休業日の夜に入ることもあります。店長や責任者のスマートフォンからProjectを開き、聞き取った内容をその場で貼り付けられる状態にしておくと、翌朝に記憶で書き起こす必要がなくなります。
厚生労働省のページには、食品等事業者の衛生管理に関するガイドラインや、食中毒の事件一覧(速報)への入口があります。雛形を作るときは、自店の業態に近い資料を一度読み、聞き取る項目に漏れがないかを見ておくとよいでしょう。
まとめ
Claudeに任せるのは、聞き取りメモの時系列化、メモ同士の食い違いの洗い出し、未確認項目のリスト化、経過時間の計算です。任せないのは、原因の推定、廃棄の判断、保健所への連絡の要否です。食品衛生法第63条が届出を義務づけるのは医師ですが、保健所の調査では営業者に報告が求められることがあります。そのとき、伝票を根拠にした時系列がすぐ出せることが、この手順の成果になります。