金融庁AIディスカッションペーパーが指摘する個人情報保護の論点
金融庁のAIディスカッションペーパー第1.1版が、個人情報保護で金融機関が迷う4つの場面に示した専門家の見解と、金融庁の対応方針を読み解きます。
金融機関が生成AIで最も難しくなったと答えたのは個人情報保護
金融庁は2025年3月4日にAIディスカッションペーパー「金融機関等におけるAIの活用実態と健全な利活用の促進に向けた初期的な論点整理」(第1.0版)を公表し、2026年3月3日に第1.1版へ改訂しました。生成AIの導入で課題が難しくなったと金融機関が感じた論点のうち、最も回答が多かったのが個人情報保護です。
改訂の差は、この論点に最もはっきり出ています。第1.0版は「適用関係がわかりにくい」という声を並べるだけでした。第1.1版は、2025年6月から12月に開かれた「金融庁AI官民フォーラム」で専門家が示した見解を、場面ごとに書き込んでいます。
本稿は第1.1版の個人情報保護の節を軸に、第1.0版との違いと、Claudeのような外部の生成AIサービスを使うときに当てはまる確認点を読み解きます。文書自身が、事業者との対話に向けた初期的な論点を示すもので、詳細な取組方針を示すものではないと述べているとおり、個別の取扱いが適法かどうかはこの文書だけでは決まりません。金融業務での具体的な活用は金融業界のClaude活用ガイドにまとめています。
迷いが出る4つの場面と、専門家が示した見解
2024年11月の実態調査で「規律の適用関係がわかりにくい」との声が上がった場面は4つあります。第1.1版は、それぞれに専門家の見解を添えました。文書の書き方は「専門家から以下のような見解が示された」で、金融庁自身の解釈として示す形はとっていません。
わかりにくい4つの場面と見解
① 顧客情報を学習データにする
論点は、学習データに使うことを利用目的として明示する必要があるかです。個人情報保護委員会のQ&Aは、統計データへの加工自体を利用目的にする必要はないとしています。その趣旨から、AIの開発・学習も個別事情によっては明記が不要と整理できる場合がある、とされました。
② プロンプトに顧客情報を入れる
生成AIサービスはプロンプトの個人情報を使って処理します。そのため、提供者を個人データの取扱いの委託先として管理する必要があるとされました。選定・契約の際は、預けた個人データが金融機関の指示なく追加学習に使われないことを確かめます。
③ 開発・学習を外部に委託する
開発に必要な個人データの取扱いまで委託するなら、必要かつ適切な委託先管理が要ります。
④ 海外にサーバーを置くサービスを使う
越境移転規制はサーバーの場所ではなく、AI事業者の所在地を軸に検討します。一方、安全管理措置ではサーバーの所在地を考慮します。
①には、利用目的をめぐるもう1つの論点が付いています。AIを「使う」場面(推論)を利用目的として明示すべきかは、その取扱いを顧客が合理的に予測・想定できるかが要点です。チャットボットのように顧客が認識できるものや、従来業務の単なる自動化は、予測・想定できると評価できる場合が多いと考えられる、という整理でした。
学習への利用は明記不要になりうる一方で、推論での利用は顧客の予測可能性で見る。同じ「AIで顧客データを扱う」でも、判断の軸が2つに分かれます。
②は、Claudeのようなクラウド型サービスに顧客情報を貼り付ける使い方に直接かかわります。個人情報を含むプロンプト入力が第三者提供にあたるかは個人情報を含むプロンプト入力は第三者提供にあたるかで、Anthropicの契約条項との対応づけは個人情報保護委員会の生成AI注意喚起を、Claudeの契約・設定に対応づけるで扱っています。
サーバーの場所と事業者の場所は、別々の規定で見る
④の整理は、混同されやすい2つの規定を切り分けています。「海外サーバーだから越境移転」と一括りにはしていません。
海外のサービスで見る場所は規定ごとに違う
越境移転規制
個人情報保護法の第28条第1項は、受領者が「外国にある第三者」である場合に適用されます。AI事業者の所在地を軸に検討し、サーバーの所在地では決まりません。
安全管理措置・基準適合体制
基準適合体制(施行規則第16条等)や、安全管理措置としての外的環境の把握では、サーバーの所在地を考慮します。文書は通則編ガイドライン(令和7年6月最終改正)の10-7を参照しています。
見る対象が違うので、契約先がどこの法人かと、データがどの国の環境で処理されるかは、別々の確認事項になります。
プロンプトに個人データを入れる前の確認事項
第1.1版が脚注で参照しているのが、個人情報保護委員会が2023年6月2日に出した「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」です。個人情報を扱う事業者に向けた注意点は2つあり、対象が「個人情報」と「個人データ」で書き分けられています。
注意喚起が個人情報を扱う事業者に挙げる確認
- 1
利用目的の範囲内か
個人情報を含むプロンプトを入力するときは、特定された利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認します。
- 2
応答の出力以外の目的で扱われないか
本人の同意なく個人データを含むプロンプトを入力し、その個人データが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合は、個人情報保護法の規定に違反する可能性があります。このような入力をするときは、生成AIサービスの提供事業者が当該個人データを機械学習に利用しないこと等も十分に確認します。
第1.1版の②が追加学習に使われないことの確認を挙げているのも、同じ方向の確認です。
同じ注意喚起は、一般の利用者向けの留意点も3つ並べています。入力した個人情報が機械学習に使われ、他の情報と統計的に結びついたうえで、正確または不正確な内容として出力されうること。応答は確率的な相関に基づいて生成されるため、不正確な個人情報が含まれうること。そして提供事業者の利用規約やプライバシーポリシーを確認して判断することです。事業者向けのような違反の可能性への言及はなく、リスクを踏まえて適切に判断するよう求める内容になっています。
金融機関が実際にとっている対策と、その限界
文書はアンケートとヒアリングで確かめた対応事例も載せています。個人情報を生成AIサービスに入力しないよう、個人情報保護委員会の通達を含めて社内の事務連絡文書で全職員に注意喚起している先があります。顧客情報の入力をシステムで自動的に制限できないかを検討している先もあります。
データ面の対策では、入力データが再学習に使われないよう専用区間を設けた環境を構築した先、外部ベンダーやシステムとの連携時に契約書や覚書でデータの取扱範囲を明文化した先が挙がりました。事故が起きたとき速やかにたどれるようログ管理を徹底している先や、プロンプトの入力内容の監視運用を効率化しようとしている先もあります。
第1.1版には、第1.0版にない項目が1つ加わりました。AI官民フォーラムで紹介された、匿名化・仮名化、秘密計算、連合学習などのプライバシー強化技術(PETs)です。文書は、AIの開発や利用に適用できるものが多く、技術面の安全管理措置の1つと考えられるとしています。
一方で限界も書かれています。機密情報や個人情報の入力をシステム上で自動的に制限する仕組み(マスキング等)を検討する先はあるものの、完全にブロックできるわけではなく、最終的には従業員教育と運用ルールの徹底に頼らざるをえないという意見が寄せられました。
情報セキュリティの章では、入力データに制約を付けている先が大半で、自社専用環境で入出力を管理している先も多数と述べています。それでも、ガードレールを入れても敵対的な入力を防ぎきれない課題や、従業員が組織の許可なく外部のAIサービスを使う「シャドーIT」の利用が増える可能性も指摘されています。統制の穴は、技術と運用の両面に残るということです。金融庁は、継続的な対話を通じて金融機関の取組みの把握を行っていくとしています。
個人情報保護法の外側にも、顧客データをAIに渡すときの規制がある
第1.1版は個人情報保護の次の節で、AI官民フォーラムに出た規制対応の検討事項を取り上げています。例は、証券会社が顧客との会話データを生成AIに入力し、営業員の支援に使う場面です。個人情報保護法とは別の規制が、同じデータにかかります。
1つ目は、システム関連の子会社にAIシステムの開発を委託するときの、非公開情報の授受規制(金商業等府令第153条第1項第7号)です。会話データから非公開情報を事前に除く必要があるかが論点でした。例外規定が定める情報システムの保守・管理にはシステム開発も含まれると従前から解釈されているため、必ずしも事前に除外しておく必要はないと考えられる、という整理です。ただし例外は、非公開情報が漏えいしない措置が的確に講じられている場合に限られます。
2つ目は、会話データに法人関係情報が混ざっている可能性がある場合に、分析する側のデータサイエンティストへ権限を与えてよいかという論点です。アクセス権限を与えたことをもって、直ちに管理態勢が整っていないと判断されるものではありません。ただし適切さは個別の事案に即して実質的に判断するもので、まず金融機関がAI・データ活用の目的や態様、情報管理の手続きを具体的に特定する必要がある、とされています。
3つ目は、生成AIが顧客に直接商品を推奨する場合に、AI活用の「勧誘」への該当性をどう見るかという論点です。個別具体的な事案に即して実質的に判断する必要がある、とされています。
いずれも、個人情報保護法の確認が済んでも、業法側の確認は別に残ることを示す例です。
規制の明確化を求める声でも1位、金融庁の方針は既存の枠組み
アンケートで規制の適用関係の明確化を求める回答は、個人情報保護、ITガバナンス、モデル・リスク管理、サイバーセキュリティの順に多く、ここでも個人情報保護が最上位です。図表には、この4つを含めて8つの選択肢(「その他」を含む)が並んでいます。
金融庁の方針は、AI利用の有無にかかわらず適用される既存の法令・監督指針・原則・ガイドラインに沿った対応を、金融機関に促していくというものです。第1.1版は、AIの利活用に関する相談や照会があれば、文書で取り上げたリスク低減の取組事例を参照しながら、リスク管理やガバナンスに有益な示唆を返すとも加えました。
重大な規制上のギャップが見つかった場合の扱いも書かれています。法令上の対応は排除されないものの、法令による規制は事業者の自主的な努力が期待できないものに限るとの政府方針を踏まえ、まずは原則やガイドライン等の改定を検討する、という順序です。
個人情報保護法そのものの動きは、第1.1版で記述が差し替わっています。第1.0版は、個人情報保護委員会が2025年2月に本人同意の在り方を整理していくと公表したことを挙げていました。第1.1版は、3年ごと見直しで、統計作成等のみを目的とした要配慮個人情報の取得について、統計作成等のみに利用されると担保されていること等を条件に同意取得を不要とする改正が検討されている、と書いています。改正が成立した場合は、金融庁も趣旨を踏まえて必要な対応を検討します。
法令解釈に迷ったときの相談先も、第1.1版は紹介しています。「FinTechサポートデスク」は、新しい事業を営む、または検討中の事業者からの法令面の相談を一元的に受ける窓口で、2015年の開設から2025年12月までに合計2,603件を受け付けました。AIの利活用に関する相談も含まれます。
このデスクは迅速な回答を重視していて、書面での回答はしません。書面が必要な場合は、産業競争力の強化に関する法律に基づくグレーゾーン解消制度の利用が選択肢とされています。
まとめ
第1.1版の個人情報保護の節は、既存の規定の当てはめ方を、専門家の見解として場面ごとに示した点に価値があります。金融庁自身の解釈ではなく見解の位置づけなので、取り込む側は、入力する情報が個人情報か個人データかの区分から確認を始め、委託・越境の確認を経て、業法側の確認を別に残すことになります。書面での解釈が必要な論点は、相談窓口の特性も踏まえて経路を選びます。