研究者のClaude利用を20.7万セッションで分析 — 解析と執筆に偏る理由
AnthropicのEconomicsチームが、研究目的のClaudeとClaude Code計20.7万セッションを分析。利用が偏る分野とタスク、AIの能力との関係、研究の加速シナリオを読み解きます。
Anthropicは、科学者がClaudeをどこで何に使っているかを測った調査レポート「AI for scientific discovery: How researchers use Claude」を公開しました。対象は2026年8月2日から9月30日までの研究目的のセッション20万7,049件です。結論を先に書くと、研究者はAIが得意な作業に集中して使っています。データ解析と文章作成が多く、アイデア出しとデータ収集は少ない。分野でいえば、計算機科学や統計学が多く、化学や医学が少ないという結果です。
レポートの規模
分析したセッション
207,049件
Claudeが128,914件、Claude Codeが78,135件
分類の体系
7,262タスク
34分野・318サブ分野にまたがる
併せて実施した調査
528人
生命・健康科学が中心の研究者
どのように測ったのか
セッションの会話そのものは研究チームに渡りません。言語モデルが各セッションの記録を読み、分野やタスクといったラベルだけを付けます。残るのはそのラベルです。データセットや仮説、実験方法、未発表の成果といった中身は保存されません。結果の公表も、一定数以上の別々のアカウントが集まったセルに限られます。
ラベルの体系には、SciNetという分類を使っています。研究の工程を7,262のタスクに分け、「原稿の執筆」のようにどの分野にも共通するものと、「光吸収スペクトルの予測」のように材料科学だけのものが混ざります。
ここでいう「Claude」は、レポートの用語です。会話用のChatと、知識労働向けのCoworkの2つを合わせて指します。コーディング用のClaude Codeは別に集計され、研究者向けのClaude Scienceは補助的な標本として扱われます。
分野によって使い方はこれだけ違う
セッション数の絶対値では、計算機科学(11.9%)、工学(8.4%)、医学(7.7%)がClaudeの上位3分野です。研究者の人数が多い分野ほどセッションも多く、対数同士の相関は0.79でした。
見るべきは人数あたりの偏りです。研究者の人数から予想される量と比べると、次のようになります。
- 計算機科学・数学・統計学といった形式科学は、予想より多く使う
- 社会科学も多い
- 化学のように実験室で作業する分野は少ない
- 医学は、研究者が患者と過ごす時間が長いこともあって少ない
Claude Codeではさらに偏りが強まります。計算機科学は世界の研究者の4.3%にすぎませんが、Claude Codeのセッションの32.7%を占めます。人文系や、経済学を除く社会科学は少ない側です。
サブ分野で見ると、人工知能・機械学習が目立ちます。研究者の1.2%に対して、セッションはClaudeで5.0%、Claude Codeで15.2%です。計算生物学や計算言語学のように「計算」の付くサブ分野は、母体の分野が何であれ利用が多い傾向があります。
研究のどの工程で使われているか
タスクを8つの区分にまとめると、使われ方は研究者の時間配分とずれています。
| 区分 | 研究者の時間 | Claudeのセッション | Claude Codeのセッション |
|---|---|---|---|
| データ解析 | 研究者の時間27.6% | Claudeのセッション33.7% | Claude Codeのセッション48.1% |
| 執筆・コミュニケーション | 研究者の時間16.0% | Claudeのセッション32.0% | Claude Codeのセッション— |
| データ収集 | 研究者の時間28.6% | Claudeのセッション11.5% | Claude Codeのセッション11.9% |
| アイデア出し・仮説生成 | 研究者の時間7.1% | Claudeのセッション4.2% | Claude Codeのセッション2.1% |
解析は時間の割合より多く使われ、執筆は約2倍使われます(Claude Codeの執筆の割合は、レポート本文に数値がありません)。データ収集は時間の約4割しか使われていません。特に、臨床データや生化学データの採取のように物理的な壁があるタスクで少なくなります。一方、ウェブ上のデータ収集のようにすべてデジタルで済むものは、むしろ多く使われることもあります。
アイデア出しの少なさは、解釈が割れる点です。528人の調査では、研究成果にとって重要な区分の1位がアイデア出し、2位がデータ収集でした。つまり、研究者が重要だと考える工程ほどAIを使っていません。レポートは理由の候補を4つ挙げています。
アイデア出しが少ない理由の候補
研究者が自分でやりたい
問いを立てる作業は、任せずに手元に置いておきたい。
AIの能力の受け止め方
研究者がAIの能力を限られたものと受け止めていて、任せようとしない。
AIが本当に弱い
研究課題の選択や研究設計といった領域で、AIが実際に弱い可能性がある。
計測の取りこぼし
アイデア出しは他の作業に混ざり込み、分類しにくい。実際より少なく出ているかもしれない。
どれが効いているかは、このデータだけでは決められません。
Claude Scienceでは利用の中身が変わる
研究に特化したClaude Scienceは、生物学と生物医学を対象に比較されています。同じ分野の中でClaudeやClaude Codeと並べると、使われ方がかなり違います。Claude Scienceのセッションは、生物医学と生物学で5割を超えます。
| 比較軸 | Claude Science | Claude | Claude Code |
|---|---|---|---|
| アイデア出しの割合 | Claude Science8%(Claude Science全体) | Claude4.2%(全分野) | Claude Code2.1%(全分野) |
| 高度な自律性のセッション | Claude Science70%超 | Claude23.7% | Claude Code64.1% |
| 博士レベルの訓練が要る内容 | Claude Science80%超 | Claude約50〜70% | Claude Code約50〜70% |
| AIなしでの人間の作業時間 | Claude Science約2倍 | Claude基準 | Claude Code基準 |
レポートは、Claude Scienceではアイデア出しの割合がClaude(4.2%)の約2倍で、研究者の時間配分(7.1%)とほぼ同じ水準だとしています。専門のツールが複雑で創造的な作業を支えられる可能性を示す、という読みです。たとえばタンパク質同士やタンパク質と薬剤の結合を説明する機構モデルを提案するタスクは、Claudeより5.6倍出やすくなります。複数のデータベースから構造と結合のデータを集め、検証できるモデルにまとめる流れが、ツール側にあるからです。
Claude Scienceの機能と対応プランは、研究者向けAIワークベンチとしての発表と文献レビューの実例で扱っています。ここでの論点は、道具が専門化すると使う仕事も変わる、という点です。
使われる仕事とAIの得意は重なっている
なぜこの偏りが生まれるのか。レポートは「理論上のAI能力」というスコアを作って説明します。
各タスクを複数の手順に分け、手順同士を比べて「AIはどちらが得意か」を言語モデルに判定させます。判定をBradley–Terryモデル(チェスのElo評価と同じ型)で点数にして、手順の平均をタスクのスコアにします。
結果は明快です。スコア上位2割のタスク(データの可視化や統計検定など)では、研究者の時間から予想される量の約2倍(Claude)から約4倍(Claude Code)が使われます。下位2割(反応混合物の精製や参与観察など)は、ほとんど使われません。
スコアの高さを説明する要因も示されています。
- 強化学習に向く(成功の確認が簡単、計算環境で大量に再現できる、フィードバックが速い)と、相関は0.78
- 認知的な作業なら0.69、物理的な作業なら−0.57
- 対人的な作業は−0.31、規制の制約があると−0.38
強化学習に向く作業が上手になる、という流れは、AIの訓練の仕組みから説明がつきます。ただし相関は因果ではありません。スコア自体も言語モデルが付けたもので、実測した成績ではない点は割り引いて読む必要があります。
分野ごとに見ても、能力スコアが高いサブ分野ほど人数あたりの利用が多く、自律的に任せる度合いも高い傾向があります。例外もあります。医学・健康科学はスコアのわりに使われておらず、医療データの規制が一因かもしれないとレポートは見ています。逆に形式科学・社会科学・人文は、スコアから予想されるより多く使っています。作業の大半がテキストとコードで済むためだろう、という推測です。
研究は何倍速くなるのか
レポートは、経済学の「アイデア生産関数」を使って、AIが研究の生産量をどれだけ増やせるかを試算しています。著者自身が「予測ではなく例示的なシナリオ」と断っている点が前提です。
3つのシナリオ
- シナリオ1今のAIが広く普及した場合
研究時間の27〜52%(中央値38%)をAIが担えます。加速は化学で1.41倍、計算機科学で1.96倍、統計学で2.02倍です。
- シナリオ2非物理作業の75%を自動化
計算機科学で約8倍、統計学で約7倍。実験系の分野は2〜3倍にとどまります。
- シナリオ3非物理作業を100%自動化
物理作業の少ない分野は15〜16倍。生物学や化学など実験の多い分野は3〜4倍です。
シナリオ1で加速が2倍止まりなのは、今のAIの仕事が補助や共同作業が中心で、研究者がほぼ全ての手順に時間を使い続けるからです。
シナリオ3の上限が約16倍になる理由は、前提のコストにあります。AIエージェントの1時間を30ドル、研究者の1時間を95ドルとし、AIが研究者の1時間を肩代わりするのにAIは0.2時間働く、と置いています。30ドル×0.2で6ドル。95ドルの約16分の1です。自動化された作業のコストがここまで下がっても、そこが天井になります。AIのコストが半分になれば、上限も倍になる計算です。
実験の多い分野を止めるのは、物理作業です。生物医学や化学では研究者の時間の38〜41%が物理的な手順で、中央値の分野では4%です。自動化された実験室がなければ、この約4割が残ります。
研究者の予想も併せて載っています。生命・健康科学の研究者に聞くと、AIが単独で最高の研究者に並ぶ時期は、データ解析で2027年までに過半数、2030年までに94%です。研究プロジェクトを丸ごとAIが担うと見る人は、2030年までに約40%、2035年までに約64%。一方で16%は「決して起きない」と答えています。
日本の研究者と開発者への含意
レポートの数字は世界全体の集計で、日本の研究者に限った分析ではありません。そのうえで、日本の研究者と開発者が読み取れる点は次のとおりです。
自分の仕事を「解析・執筆・可視化」と「データ収集・問いの設計」に分けて眺める価値があります。前者はすでにAIの使いどころとして実績があり、後者は研究者の側が重要と考えながら、AIの利用が薄い領域です。
Claude Codeのセッションの約半分(48.1%)はデータ解析です。計算機科学以外でも、計量的な分野が集中して使っています。社会科学者を対象にした別の調査では、チャットボットを試した人が81%でも、Claude Codeのようなコーディングエージェントを研究に取り入れた人は20%でした。その詳細は社会科学者のコーディングエージェント調査にあります。今回のレポートは、その採用の偏りを分野と作業の側から裏づける形です。
自律度の測り方はEconomic Indexのプリミティブの枠組みを使っています。Claude Scienceのセッションが自律度70%超、素のClaudeが23.7%という差は、道具の設計で任せ方が変わることを示しています。
AIに任せた成果物をどう検証するかは、使う量が増えるほど重くなります。一例として、研究論文をAIと一緒に量産する方法論をClaude-shaped scienceが整理しています。
数字を使うときの注意
数字を読むときの注意点
- 分野とタスクのラベルは言語モデルによる自動分類で、人手の検証済み正解ではありません
- AI能力スコアは言語モデルの比較判定で作った理論値です
- 加速のシナリオは、単価や時間の前提が変われば結果も大きく動きます
- 結果は2026年8〜9月のセッションを切り取ったもので、モデルや道具が変われば分布も変わります
加速の試算にも、レポート自身が除外した条件が残っています。研究室の設備費や実験の材料費、粒子加速器のように装置の利用枠で決まる制約、仮説の質の違いは入っていません。AIがより良い仮説を出せるなら加速はさらに大きくなり、研究の目利きが人間にしかないなら小さくなります。
研究職への影響も未知数です。AIが楽しい作業を奪えば研究を志す人が減るかもしれず、退屈な作業を引き受ければ満足度は上がりえます。レポートはどちらに転ぶかを断定していません。
まとめ
研究者のAI利用は、AIが得意な工程に集まっています。解析と執筆、計算に寄った分野が先頭で、物理作業や対人作業が多い分野は後ろです。その相関は、AIの能力と利用が同じ方向を向いていることを示します。
もう一つは、Claude Scienceのように特化した道具だと、アイデア出しの割合が研究者の時間配分(7.1%)に近い8%まで上がり、任せ方も深くなる点です。汎用のチャットで見える利用の偏りは、道具の設計しだいで変わりえます。ただ、実験室の作業が残る限り、化学や生物学の加速には天井があります。レポートが示す15〜16倍と3〜4倍の差は、その物理の壁の大きさを数字にしたものです。
参照した一次ソース
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