Claudeで観光施設の災害初動案内を多言語で用意する手順
警報が出たときに外国人客へ何を伝えるか。気象庁の警戒レベルを軸に、観光庁の「伝わる表現」を手本にして、平易な日本語の定型をClaudeで作り、多言語へ展開する手順です。
警報が出た瞬間に、外国人のお客様へ何を、どの順で伝えるか。この答えが施設の中で決まっていないと、現場のスタッフは翻訳アプリに頼って、その場で文を作ることになります。
Claudeの出番は、その場の判断ではなく、平常時の準備です。警報の段階ごとに案内文と避難誘導の定型を用意し、外国人客向けには平易な日本語を一度はさんでから各言語へ展開します。この記事では、定型を作る単位の決め方、手本にする公的資料、Projectsへの素材の置き方、プロンプトの組み方、確認の入れ方を順に説明します。
定型は気象庁の警戒レベルの単位で作る
案内文の切り分けは、気象庁の警戒レベルに合わせると迷いません。内閣府の「避難情報に関するガイドライン」では、避難情報等が5段階の警戒レベルに整理されています。河川氾濫、大雨、土砂災害、高潮の気象警報・注意報や早期注意情報(警報級の可能性)が、この5段階すべてに対応しています。
気象庁のページが示す「とるべき行動」を、施設の定型に落とす観点とあわせて並べると次のようになります。右の列は、この記事の提案する設計です。
| 警戒レベル | 気象庁の示すとるべき行動 | 施設の定型で決めておくこと |
|---|---|---|
| 5相当(特別警報) | 気象庁の示すとるべき行動命の危険、直ちに安全確保 | 施設の定型で決めておくこと館内のどこで身を守るか。移動をさせない案内か |
| 4相当(危険警報) | 気象庁の示すとるべき行動危険な場所から全員避難 | 施設の定型で決めておくこと避難先の名前、出口、スタッフの誘導位置 |
| 3相当(警報) | 気象庁の示すとるべき行動避難に時間を要する人は早めに避難、避難の準備等 | 施設の定型で決めておくこと声をかける対象と、先に動いてもらう手順 |
| 2(注意報) | 気象庁の示すとるべき行動避難場所や避難ルート、避難のタイミング等を確認 | 施設の定型で決めておくこと館内掲示とお客様の持ち物確認の文 |
| 1(早期注意情報) | 気象庁の示すとるべき行動災害への心構えを高める | 施設の定型で決めておくこと営業継続の案内と、次の情報の見方 |
注意したい点が2つあります。1つ目は、暴風、波浪、大雪、暴風雪などの警報・注意報は、警戒レベルには相当しないことです。気象庁のページも、こうした情報は地図の配色が同じでも警戒レベルではないと断っています。海辺や山間の施設は、レベルの表とは別に、これらの現象向けの定型を持ちます。
2つ目は、地震、津波、噴火は、この5段階の表の対象外であることです。この記事の表は、先に挙げた4つの災害の話です。地震や津波の定型は、次の節の観光庁の資料を手本にします。
直訳では伝わらない — 観光庁の「伝わる表現」を手本にする
警報の文面を、日本語のまま各言語へ訳せば足りるわけではありません。観光庁は2021年3月に、外国人旅行者向けの「伝わる表現」用語集と、非常時に外国人旅行者へ対応するためのマニュアル作成の指針を公表しました。
用語集の背景として挙げられているのは、日本を訪れる外国人旅行者は災害の知識が日本人と異なり、災害用語や避難行動をそのまま翻訳しても「災害時に取るべき行動」が分からないという課題です。従来の文例には、「〇〇地区及び●●地区にいる方は、直ちに■■方面へ避難してください」のように、地理の知識が前提の文も含まれていました。
見直しの方向は、短い文にして、取るべき行動を具体的に書くことです。用語集の見直し例から、2つを抜き出します。
津波の案内の見直し
従前
津波が来るので逃げてください。
用語集の例
○○へ避難してください。避難方法はスタッフがご案内します。
見直しの理由は、どこへ逃げればよいか分からないため具体的な場所を示し、スタッフが案内する旨を添えた、と説明されています。緊急地震速報の案内も同じ考え方で、「強い揺れに注意してください」を、「地震が来ます」「体を低くして」「頭を守って」「そのままでいてください」という行動の列に置き換えています。
この用語集には、気象庁などが在留外国人を含む外国人向けに使っている翻訳とは異なる表現がある、という注記があります。旅行者は母国での災害の表現を基準に受け取るため、というのが理由です。気象庁の英語表記と食い違っても、それは誤りではなく、対象の違いです。用語集の本体はExcelで、観光庁の発表ページから入手できます。
外国人客向けは、平易な日本語を介して訳させる
ここからがClaudeの作業です。手順は3段に分けます。
定型を多言語にするまでの流れ
- 1
日本語の定型を作る
警戒レベルごとに、案内文と避難誘導の文を、普通の日本語で書き出します。避難先や出口は施設固有の名前で入れます。
- 2
平易な日本語に直す
1文に1つの動作だけを入れ、主語と場所を省きません。観光庁の見直しと同じ方針です。
- 3
平易な日本語から各言語へ展開する
直訳元を平易な日本語にそろえたうえで、言語ごとに訳させます。
平易な日本語を介する理由は、訳の質が原文に左右されるからです。曖昧な主語や、「速やかに」のような程度の語が残った原文は、各言語で別々の解釈をされます。原文を一度整えておけば、言語が増えても、整える作業は1回で済みます。
Claude自身も多言語に対応しており、Anthropicの多言語対応のページは、目標言語を明示すると信頼性が上がること、翻字ではなくその言語の文字で入力することを推奨しています。多言語の精度差についてはClaudeの多言語性能の記事に整理があります。対応言語の選び方は、来訪者の国別の内訳を見て決めます。
素材はProjectsに置いて、毎回貼らずに済ませる
警戒レベルの表、避難先の一覧、館内図の説明文は、会話のたびに貼り直すと抜けが出ます。Claudeには、ファイルや文脈を置いておけるProjectsがあります。プロジェクトごとに、アップロードした資料が知識として使われ、指示文(プロジェクトの指示)も設定できます。
置く素材は次の4種類にします。
- 警戒レベル別の「施設の対応」の表(上の表の右列を埋めたもの)
- 避難先の名前、出口、集合場所、館内の位置関係
- 観光庁の用語集の該当する用例(自施設に関係する災害の分)
- 言語ごとの表記ルール(施設名の呼び方、電話番号の書き方)
民泊の物件ルールをProjectsに移す手順は、民泊の案内文を多言語化する記事にあります。素材の分け方は共通で、変わるのは災害用の表が加わる点です。
プロンプトの組み方
プロジェクトの指示に、次のような役割と禁止事項を置きます。以下は設計例です。文言は自施設に合わせて変えてください。
あなたは観光施設の防災担当の補助です。
- 入力は、警戒レベルごとの日本語の案内文です。
- まず平易な日本語に直してください。1文に動作は1つ。主語と場所を省かない。
- 次に、指定された言語へ訳してください。
- 避難先の名前、出口の番号、電話番号、時刻は変更しない。
- 素材にない避難先や手順を足さない。足りない情報は質問する。
- 訳した文の下に、日本語の逆訳を付ける。依頼文は、レベルと言語を明示して1回に1レベルにします。
警戒レベル4相当の案内を、英語と簡体字中国語に訳してください。
対象は館内にいる外国人のお客様です。
日本語原文: (平易な日本語に直した文)「素材にない避難先を足さない」と「逆訳を付ける」の2つは、必ず入れます。逆訳があれば、日本語しか分からない担当者でも、意味がずれていないかを大づかみに見られるからです。
出来上がった定型を使う前に確認すること
Claudeが出した案は、そのまま掲示や放送に回しません。確認の対象は次の順です。
- 避難先、出口、集合場所の名前と位置が、実際の館内の表示と一致しているか
- 警戒レベルの数字が、元の表のとおりか
- 言語ごとに、母語話者か、その言語に詳しいスタッフが読んだか
同じ施設に来る国の客数が多い言語から、確認者を置いていきます。確認が取れていない言語は、定型を「未確認」として保管し、使う場合は日本語の絵記号や数字を添えるなど、文以外の伝え方を併用します。外国人客への案内の確認の入れ方は、インバウンド接客の案内を多言語で作る記事と同じです。
警報を出すかどうかは、Claudeに任せない
警報が出たかどうか、いつ案内を出すかは、人が判断するか、通知の仕組みが決めます。Claudeは文面を整える役目です。
気象庁のページによれば、警報は重大な災害が起こる警報級の現象が概ね3〜6時間先に予想されるときに発表されるのが基本で、現象の予想が難しいと、その余裕が取れない場合もあります。発表がなくても天候が急変して警報が出ることがあるため、いつ発表されても動けるよう、普段から対応を考えておくことが大切だとされています。定型を平常時に用意する理由は、この点にあります。
警報の発表を機械で取得して社内に通知する方法は、気象庁の防災情報XMLを読んで警報を通知する記事で扱っています。通知を受けて定型を出す流れにすると、現場は「どのレベルか」を見るだけで済みます。
平常時の準備は観光庁の指針の4段階で見直す
観光庁の指針は、自治体向けと事業者向けの2つに分かれ、宿泊・観光施設、交通事業者、商店などを事業者向けに想定しています。マニュアルに盛り込む内容を、4つのフェーズで整理しています。
指針が示す4つのフェーズ
減災
来訪する外国人旅行者の層(国別の来訪者数、言語、宗教など)を事前に把握します。
危機への備え
土地勘のない旅行者の反応の違いへの配慮、情報の収集と提供の準備、多言語での避難誘導、移動・帰国支援の検討を挙げています。
危機への対応
避難している外国人旅行者のリストを作り、各国の大使館・領事館と情報を共有します。
危機からの復興
復興状況の情報発信で、再来訪の気持ちを育てます。
この記事で作る定型は、2つ目のフェーズの「多言語での避難誘導」に当たります。来訪者層の把握が先にあると、どの言語から作るかが決まります。災害後の広報文面は、危機広報の机上訓練シナリオの記事のように、状況を付与して練習できます。
つまずきやすい点
警戒レベルの数字を、言語側でいじってしまう。訳の過程で「レベル4」が「第4段階」などに言い換わると、館内の表示や放送とずれます。数字の書き方は固定して、素材に書いておきます。
避難先を訳す。施設の名前や出口の番号は固有名詞です。訳さず、ローマ字や数字で併記します。
特別警報の語を直訳で済ませる。日本語の警報名は、外国人客にとって行動に結びつきません。観光庁の例のように、警報名は短く触れ、続けて取るべき行動を書きます。
長い文を1回で出させる。1回の依頼にレベルを1つしか入れないほうが、逆訳の確認も楽です。
まとめ
定型は5段階のレベルと、レベルに乗らない現象向けの2系統で持ちます。外国人客向けは、観光庁の見直し方針に沿って短く具体的な日本語に直してから訳させます。Claudeに渡すのは素材の範囲だけにして、避難先は足させない。そして、確認の取れていない言語があることを、定型の一覧に明記しておくことが、現場の迷いを減らします。