Claudeに相談内容を入力しても弁護士の守秘義務は保てるか
弁護士法23条の秘密保持義務を踏まえ、Claudeへの入力が抱えるリスクと、ゼロデータ保持(ZDR)やHIPAA対応の契約でどこまで下げられるかを、利用形態別に対比します。
弁護士の守秘義務は、弁護士法23条(権利と義務)、刑法134条(秘密漏示罪)、日弁連の職務基本規程23条の3層で成り立っています。条文はClaudeへの入力そのものを名指しで禁じてはいませんが、学習に使われる設定のまま入力すると秘密保持義務との関係を問われうると、東京弁護士会の会報誌LIBRAの特集は整理しています。例外の入口は条文ごとに異なり、弁護士法23条は「法律に別段の定めがある場合」を、刑法134条は「正当な理由」がある漏示を除いています。
弁護士法23条は何を定めているか
弁護士法23条(秘密保持の権利及び義務)は、次のように定めています。
弁護士又は弁護士であつた者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。但し、法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
「権利」と「義務」の両方を定める点が特徴です。義務の側は依頼者を守り、権利の側は、法廷で証言を求められたときに拒む根拠になります。
その権利の側を具体化するのが訴訟法です。刑事訴訟法149条は、弁護士が業務上委託を受けたため知り得た他人の秘密について、証言を拒めると定めています。ただし本人が承諾した場合や、拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合などは除かれます。
民事訴訟法197条1項2号は、弁護士が職務上知り得た事実で黙秘すべきものについて尋問を受ける場合に、証人は証言を拒めるとしています。同項1号は、第191条第1項の場合も証言拒絶の対象とします。同条2項により、黙秘の義務を免除された場合には適用されません。
両条とも、対象は弁護士に限りません。刑事訴訟法149条は医師、歯科医師、助産師、看護師、弁理士、公証人、宗教の職にある者なども挙げています。ただし書きには、本人の承諾のほか「裁判所の規則で定める事由がある場合」も除外として並びます。民事訴訟法197条1項は、弁護人や公証人、宗教の職にある者にも同じ扱いを認めます。同項3号は、技術または職業の秘密に関する事項について尋問を受ける場合も、証言拒絶の対象にしています。
条文は生成AIへの入力を想定していません。条文の文言からは、Claudeへの入力がそれだけで23条違反になるとは読み取れません。問われるのは、入力した情報がその後どう扱われるかという運用面です。なお、以下は公開資料の整理であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。
弁護士の守秘義務に例外はあるか
守秘義務は絶対ではなく、条文の側に例外の入口があります。
- 弁護士法23条のただし書は、「法律に別段の定めがある場合」を除外しています
- 刑法134条1項は、「正当な理由がないのに」漏らしたときに限って処罰する形です。正当な理由があれば秘密漏示罪にはなりません
- 刑事訴訟法149条は、本人が承諾した場合を証言拒絶の対象から外しています
条文上の「承諾」は、刑事訴訟法149条の証言拒絶の場面のものです。生成AIへの入力で依頼者の同意を得る手順は、これとは別に、LIBRA誌の特集が留意点として挙げているもので、後述の手順に含めています。また、何が「正当な理由」にあたるかは事案ごとの判断で、条文だけでは決まりません。
23条だけではない — 刑法134条と職務基本規程23条
依頼者の秘密をClaudeに入力する場面では、性質の異なる3つの規定が同時にかかわります。
秘密にかかわる3つの規定
弁護士法23条
秘密保持を弁護士の権利かつ義務とする規定です。条文自体に罰則はありません。
刑法134条1項
弁護士などが「正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたとき」は、六月以下の拘禁刑または十万円以下の罰金に処すると定めています。
職務基本規程23条
日弁連の会規で、依頼者の秘密を他に漏らし、または利用することを禁じる規定です。LIBRA誌は、生成AIへの入力に関連する秘密保持義務の根拠として、この規程23条などを挙げています。
入力した秘密が第三者に「漏れた」と評価されれば、刑法134条の問題になり得ます。学習に使われる設定のまま入力すると、秘密保持義務(職務基本規程23条等)との関係を問われうると、LIBRA誌の特集は整理しています。
Claudeへの入力を検討するときは、自分の心配が3つのどの層の話かを先に切り分けると、確認すべき契約条項が絞れます。Anthropicが米国の弁護士向けに示す秘匿特権と守秘の構成はClaudeを法務で使うときの秘匿特権と守秘にあります。
東京弁護士会の会報が挙げる3つのリスク
東京弁護士会の会報誌『LIBRA』2026年7・8月号(Vol.26 No.7-8)の特集は、クラウド型の生成AIについて、入力情報が外部に送信され、学習等に利用され、他の利用者への出力で再現される可能性があると整理しています。データの保存先や事業者の所在地によっては、外国法令の適用や政府機関によるアクセス(ガバメントアクセス)も考慮するとされています。
同じ特集には、実務で見落としやすい点が2つあります。1つは脚注の事例で、あるサービスの初期設定では検索履歴が「リンクを知っている者なら誰でも閲覧可能」になっており、利用者の認識と違う形で第三者から見える状態だった、という報告です。もう1つは事務所内で共通の生成AIを使う場合の指摘で、ある事件の情報が学習や参照の対象になると、別の事件を担当する弁護士の出力に現れるおそれがあるというものです。案件ごとに情報を遮断してきた事務所の情報管理が、共通AIを1つ入れるだけで崩れうるということです。
前者はクラウド型サービス一般のリスクで、後者はオンプレミス型を含む共通AI一般のリスクです。Claudeでどこまで当てはまるかは、使う形態で決まります。
同じ会報が紹介する東京弁護士会のAIガイドラインは、サービスの選定基準として、入力情報が学習に利用されないこと、事業者が正当な理由なくアクセスできないこと、暗号化などの厳格なセキュリティ対策、一定期間後の自動削除か利用者による削除ができることを挙げ、利用規約等で確認することを推奨しています。以降の契約面の確認は、この4点に沿って読めます。
個人向けと商用で、学習に使われる条件が違う
Anthropicは、個人向けのClaude(Free・Pro・Max)と、商用プロダクト(Claude for Work、Anthropic API)でデータの扱いを分けています。
| 論点 | 個人向け(Free/Pro/Max) | API(商用) |
|---|---|---|
| 学習への利用 | 個人向け(Free/Pro/Max)設定でモデル改善への利用を許可した場合。安全性審査でフラグが立った会話も対象になりうる | API(商用)保持されるデータも、明示的な許可なくモデル学習には使わないとされる |
| シークレットチャット(Incognito) | 個人向け(Free/Pro/Max)許可設定があっても学習に使わない | API(商用)該当なし |
| 👍👎フィードバック | 個人向け(Free/Pro/Max)会話全体を最長5年保存し、学習に使うことがある(ユーザーIDとは切り離して利用) | API(商用)出典に記載なし |
弁護士にとって重いのは最後の行です。個人向けのClaudeで評価ボタンを押すと、その会話全体が長期に保存されます。依頼者の情報を含む会話では、評価ボタンを押さない運用にしておくと、この長期保存を避けられます。
ZDRは契約すればどこでも効くわけではない
ゼロデータ保持(ZDR)は、APIレスポンスを返した後にAnthropicがプロンプトと応答を保存しない契約です。Anthropicの営業チームに申請し、組織単位で有効化します。同じアカウント配下の別の組織へは自動で広がりません。
問題は適用範囲です。API文書では、EnterpriseやTeamを契約しても製品画面はZDRの対象外とされています。例外はClaude Enterprise経由でZDRを有効にしたClaude Codeだけです。
APIの側でも、Claude Platform on AWSはClaude APIと同じ保持方針で、ZDRは申請すれば使えます。Claude Codeでメトリクスログを有効にしている場合は、利用統計などの生産性データがZDRの対象外になり、保持されうるとされています。
ZDRが届く範囲と届かない範囲
届く
- Messages APIとToken Counting API(対象機能のみ)
- 商用組織のAPIキーで使うClaude Code
届かない
- Free・Pro・Maxのアプリ(Webやデスクトップ、Claude Codeを含む)
- TeamとEnterpriseの製品画面
- Claude Console(プレイグラウンド含む)
- Batch API(ジョブを保存する)
- Files API(削除か有効期限まで保持)と、コード実行ツール(コンテナを最大30日保持)
- Claude Fable 5.1・Mythos 5.1・Fable 5・Mythos 5(30日保持が前提)
依頼者から預かった資料をアップロードして要約させる使い方は、Files APIに当たればZDR契約下でも保持されます。画面上のファイル添付が内部でどの機能に当たるかは契約前に確認が必要で、Anthropicも対象機能は「契約条項か担当者に確認を」としています。
最新モデルにも注意が要ります。上の4モデルは30日間のデータ保持が前提で、ZDR契約の組織が使うには、ワークスペース単位で30日保持を有効にする必要があります。守秘の観点で最も慎重に設定した組織ほど、モデルを新しくした時点で保持期間の前提が変わる可能性があります。
ZDRもHIPAA対応も例外つきです。法令上必要な場合は保持されうるうえ、自動化された信頼性・安全性システムのフラグが立った場合は、入力と出力が最大2年間保持されうるとされています。契約上の保持ゼロは絶対的な保証ではありません。
HIPAA対応は日本の弁護士向けの契約ではない
HIPAA対応は、米国の医療情報保護法に基づき、保護対象の保健情報(PHI)を扱う事業者向けに用意された枠組みです。Business Associate Agreement(BAA)を結び、暗号化・アクセス制御・監査ログといった安全管理措置を適用します。Claude Code、Claude Platform on AWS、Microsoft Foundryでは使えず、Console経由のPHI処理も対象外です。Amazon BedrockとGoogle CloudはAWS・Google側の枠組みによります。
日本の法律事務所にとって確認の中心になるのは、BAAよりもZDRの可否と、データ処理契約(DPA)の内容です。HIPAAの枠組みが示しているのは、標準の規約に加えて契約で個別の安全管理措置を積み増せるという構図で、ZDRと同じ発想です。契約条項の読み方はClaude Commercial Termsのチェックポイントにまとめています。
依頼者の秘密を入れるまでの実務手順
弁護士法23条の条文は、Claudeの利用を名指しで禁じてはいません。LIBRA誌の特集は、秘匿性の高い情報を入力する場合の対応として、利用規約の確認、学習利用のオプトアウトなどの設定、入力情報の匿名化・抽象化、本人からの同意取得を挙げています。それでもリスクが残るなら、入力しない選択も検討すべきとしています。これは東京弁護士会のガイドラインの内容ではなく、特集の執筆者による留意点です。
入力前の確認順
- 1
使う形態を決める
依頼者の情報を扱うなら、商用契約(API、Team、Enterprise)を前提にすると、学習と保持の条件を契約で確認できます。個人向けプランで使う場合は、モデル改善の設定を切り、評価ボタンを押さない運用にすると、学習と長期保存の経路を減らせます。保持ゼロが必要ならAPI経由の構成が候補になります。
- 2
使う機能を契約の対象表に当てる
ファイル添付やコード実行を使うなら、Files APIやコンテナの保持期間に当たるかを確認します。Claude Codeでメトリクスログを有効にしているなら、利用統計がZDRの対象外になる点も確認の対象です。
- 3
入力を匿名化・抽象化する
氏名や識別情報を外し、それでもリスクが残る事案は入力しません。
- 4
依頼者に説明する
ガイドラインは、秘匿性の高い情報を入力する場合、利用の説明と、必要に応じた同意の取得、委任契約書への明記を挙げています。
事務所として決めておく項目は、利用してよい形態、ZDRの可否と対象外機能への該当、匿名化の基準、依頼者への説明の時期(受任時か利用の都度か)です。個人情報保護法との関係はClaude Data Residencyと外的環境の把握で扱っています。LIBRA誌は、生成AIの利用も弁護士情報セキュリティ規程(2024年6月施行)の安全管理措置の対象になると指摘しており、事務所の「基本的な取扱方法」も、LIBRA誌の言う「改めて確認し、適宜見直す」対象になります。
まとめ
依頼者の情報を入れる前に、使う画面と機能がZDRの対象表のどこに当たるかを確かめる。この一点で、同じ入力でも保持と学習の条件が変わります。