退職金規程の改定案を在籍者ごとに試算する — Claude for Excel
退職金規程の支給率や算定基礎の改定案を、在籍者ごとの現行額と改定額で比べるExcelの組み方。不利益変更になる人を抽出する式と、Claude for Excelへの頼み方・検算を数値例で示します。
退職金規程の改定案を検討するとき、最初に聞かれるのは「全体でいくら減るのか」より「誰がいくら減るのか」です。支給率を一律に見直しても、勤続年数の帯によって減り方は変わります。逆に、一部の人は増えることもあります。
この記事では、在籍者ごとに現行額と改定額を並べ、不利益変更になる人を抽出するExcelを組みます。Claude for Excelに式の組み立てと検算を手伝わせる手順も扱います。法の枠組み、シートの設計、式、数値例、Claudeへの頼み方、使うときの注意の順に進めます。
試算の前に、不利益変更の枠組みを押さえる
試算表が答えるのは「影響額」です。変更してよいかどうかは、別の問いになります。ただ、どの数字を人ごとに出しておくべきかは、条文を読むと見当がつきます。
労働契約法の条文は、次のように定めています。
- 第9条: 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することによって、労働者の不利益に労働条件を変更することはできない。ただし次条の場合は別とする
- 第10条: 変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ変更が合理的なものであるときは、変更後の規定によるものとする。合理性は、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の事情に照らして判断される
第10条が最初に挙げる考慮要素が「労働者の受ける不利益の程度」です。人ごとの影響額と影響率は、この要素にそのまま対応します。平均や合計だけでは、特定の層に偏った不利益が見えません。
手続の面では、労働基準法が別の定めを置いています。
- 第89条: 常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成して行政官庁に届け出る。変更した場合も同様。退職手当の定めをする場合は、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算および支払の方法、支払の時期を記載する
- 第90条: 就業規則の作成・変更では、労働者の過半数で組織する労働組合、ない場合は過半数代表者の意見を聴く。届出には意見を記した書面を添える
この2つが試算に求めるのは、規程の「決定、計算の方法」を式として再現できていることです。条文どおりに計算式を書けない規程は、試算以前に規程の書き方を直す必要があります。
試算ブックは入力・在籍者・集計の3段で作る
Claudeに作らせる前に、どこに何を置くかを人が決めます。置き場所が曖昧だと、Claudeは書き込み先を推測するしかありません。
| シート | 置くもの | 備考 |
|---|---|---|
| 入力 | 置くもの現行と改定案の支給率表、算定基礎の掛け率 | 備考規程の別表をそのまま写す |
| 在籍者 | 置くもの社員ID、勤続年数、基本給、現行額、改定額、差額 | 備考1行が1人 |
| 集計 | 置くもの不利益になる人数、差額の合計、勤続年数帯別の影響 | 備考在籍者シートを参照 |
氏名は入れず、社員IDだけにします。氏名との対応は、人事システム側に残します。
入力シートに支給率の表を写す
退職金の計算式は、規程ごとに違います。ここでは例として、次の形を仮定します。実在する規程のひな型ではなく、手順を説明するための設定です。
退職金 = 算定基礎額 × 勤続年数別の支給月数 × 算定基礎の掛け率
算定基礎額 = 退職時の基本給支給月数は、規程の別表を次のように写します。勤続年数が「以上」の行に当たる月数を使い、この例では3年未満は0とします。
| 勤続年数(以上) | 現行の支給月数 | 改定案の支給月数 |
|---|---|---|
| 0 | 現行の支給月数0 | 改定案の支給月数0 |
| 3 | 現行の支給月数3.0 | 改定案の支給月数3.5 |
| 5 | 現行の支給月数5.0 | 改定案の支給月数4.8 |
| 10 | 現行の支給月数12.0 | 改定案の支給月数11.5 |
| 15 | 現行の支給月数20.0 | 改定案の支給月数19.0 |
| 20 | 現行の支給月数30.0 | 改定案の支給月数28.0 |
| 25 | 現行の支給月数38.0 | 改定案の支給月数36.0 |
| 30 | 現行の支給月数45.0 | 改定案の支給月数42.0 |
この表を、入力シートのA7〜C14に置きます。1行目の見出しは6行目です。掛け率は次のセルに置きます。
B2 現行の算定基礎の掛け率 1.00
B3 改定案の算定基礎の掛け率 1.00算定基礎そのものを変える案(たとえば基本給から一部の手当を除く案)は、掛け率では表せません。その場合は在籍者シートの基本給の列を、現行用と改定案用に分けます。この記事の例では、支給月数だけを変える案を扱います。
現行額と改定額の式を組む
在籍者シートには、次の列を置きます。
| 列 | 内容 |
|---|---|
| A | 内容社員ID |
| B | 内容改定日時点の勤続年数 |
| C | 内容改定日時点の基本給 |
| D | 内容定年退職時の勤続年数(見込) |
| E | 内容定年退職時の基本給(見込) |
| F〜M | 内容以下の式で出す列 |
D列とE列は、将来の見込みです。勤続年数は入社日と定年日から出せますが、定年時の基本給は昇給を見込んだ仮定の数字になります。仮定の置き方(昇給なし、一定率の昇給など)は、入力シートに書いておきます。
F2 =E2*VLOOKUP(D2,入力!$A$7:$C$14,2,TRUE)*入力!$B$2
G2 =E2*VLOOKUP(D2,入力!$A$7:$C$14,3,TRUE)*入力!$B$3
H2 =G2-F2
I2 =IF(F2=0,"",H2/F2)
M2 =IF(H2<0,"不利益",IF(H2=0,"変更なし","有利"))F列が現行額、G列が改定額、H列がその差です。VLOOKUPの最後の引数をTRUEにすると、勤続年数以下で最大の行が選ばれます。たとえば勤続12年なら10年の行を使うので、規程の「以上」の読み方と揃います。表の最初の列は、昇順に並べておきます。
勤続年数の端数の扱いは、規程の定めに合わせます。月割りで計算する規程なら、年数を小数にするか、支給月数を月単位で補間する式に変えます。切り捨てで運用しているなら、D列にINT関数をかけます。ここを規程と違う扱いにすると、数字が合っているように見えて実際の支給額とずれます。
7人で試算するとこうなる
次の7人で試算します。7人は説明用の仮のデータです。
| 社員ID | 定年時の勤続 | 定年時の基本給 | 現行額 | 改定額 | 差額 | 差率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| E001 | 定年時の勤続34年 | 定年時の基本給380,000円 | 現行額17,100,000円 | 改定額15,960,000円 | 差額-1,140,000円 | 差率-6.7% |
| E002 | 定年時の勤続30年 | 定年時の基本給390,000円 | 現行額17,550,000円 | 改定額16,380,000円 | 差額-1,170,000円 | 差率-6.7% |
| E003 | 定年時の勤続30年 | 定年時の基本給410,000円 | 現行額18,450,000円 | 改定額17,220,000円 | 差額-1,230,000円 | 差率-6.7% |
| E004 | 定年時の勤続29年 | 定年時の基本給420,000円 | 現行額15,960,000円 | 改定額15,120,000円 | 差額-840,000円 | 差率-5.3% |
| E005 | 定年時の勤続32年 | 定年時の基本給440,000円 | 現行額19,800,000円 | 改定額18,480,000円 | 差額-1,320,000円 | 差率-6.7% |
| E006 | 定年時の勤続28年 | 定年時の基本給360,000円 | 現行額13,680,000円 | 改定額12,960,000円 | 差額-720,000円 | 差率-5.3% |
| E007 | 定年時の勤続4年 | 定年時の基本給350,000円 | 現行額1,050,000円 | 改定額1,225,000円 | 差額+175,000円 | 差率+16.7% |
E001の検算は手でできます。定年時の勤続34年は30年以上の行なので、現行は45か月、改定案は42か月です。380,000円の45か月分は17,100,000円、42か月分は15,960,000円で、差は1,140,000円になります。この1人を手計算して一致するかどうかが、式全体の確認の足場です。
合計は、現行が103,590,000円、改定案が97,345,000円で、差は6,245,000円(約6.0%)の減少です。合計だけを見ると「6%の減額」ですが、人ごとに見ると様子が違います。
- 6人が不利益、1人(E007)が有利になる
- 減少率は勤続25年以上の層で5.3%〜6.7%に収まる
- E007は中途入社で定年時の勤続が4年のため、3年の帯が引き上がった恩恵だけを受ける
支給月数の表を触るたびに、この一覧がどう動くかを見られます。たとえば算定基礎の掛け率(B3)を0.95にすると、E001の改定額は15,162,000円になり、差は-1,938,000円(-11.3%)に広がります。
経過措置の影響は保証額の列で測る
不利益変更を和らげる案として、改定日までの勤続分の退職金は現行ルールで保証する設計があります。保証額の考え方は、改定日の時点で定年退職したとみなして現行ルールで計算した額を下限にする、というものです。
J2 =C2*VLOOKUP(B2,入力!$A$7:$C$14,2,TRUE)*入力!$B$2
K2 =MAX(G2,J2)
L2 =K2-F2J列が保証額、K列が経過措置を入れた後の改定額、L列が現行との差です。先ほどの7人では、E005だけが保証額の恩恵を受けます。
| 社員ID | 改定日の勤続 | 改定日の基本給 | 保証額 | 改定額 | 経過措置後 | 現行との差 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| E005 | 改定日の勤続31年 | 改定日の基本給430,000円 | 保証額19,350,000円 | 改定額18,480,000円 | 経過措置後19,350,000円 | 現行との差-450,000円 |
| E004 | 改定日の勤続24年 | 改定日の基本給400,000円 | 保証額12,000,000円 | 改定額15,120,000円 | 経過措置後15,120,000円 | 現行との差-840,000円 |
E005は定年が近く、改定日時点の保証額(19,350,000円)が改定額(18,480,000円)を上回ります。差は-1,320,000円から-450,000円に縮みます。E004のように改定日の勤続が24年で、定年までの残りが長い人は、保証額が改定額を下回るため、経過措置が効きません。
7人全体では、経過措置を入れると差額の合計は-6,245,000円から-5,375,000円に変わります。この設計は、定年が近い層ほど守られ、遠い層には効かない形になります。条文は経過措置に触れていないため、この設計が合理性の判断でどう扱われるかは、個別に見る必要があります。数字として確認できるのは、誰にどれだけ効くかという範囲までです。
Claude for Excelに頼む
Claude for Excelは、開いているブックについての質問に、セル単位の根拠つきで答えます。数式の関係を保ったまま値を更新することも、新しいモデルを作ることもできます。上の設計は、次のように頼むと形になります。
「入力」「在籍者」「集計」の3シートを作ってください。
入力シートのA7:C14に、勤続年数・現行の支給月数・改定案の支給月数の表を
置きます(値は私が貼ります)。B2とB3に算定基礎の掛け率を置きます。
在籍者シートには、社員ID、改定日の勤続年数と基本給、定年時の勤続年数と
基本給の列を作り、現行額=定年時の基本給×支給月数×B2、
改定額=同×B3 の式を入れてください。
支給月数の取得はVLOOKUPの近似一致(TRUE)で、率や月数を式に直書きせず、
入力シートのセルを参照させてください。最後の指定が大事です。表の値を指定せずに任せると、Claudeが自分で支給月数を補うことがあります。補った数字は、見た目では正しい数字と区別がつきません。
式を作ったあとは、検算と抽出を頼みます。
E001の現行額と改定額を、式のセルをたどって説明してください。
手計算(380,000円×45か月、×42か月)と一致するか示してください。
次に、差額が負の行だけを一覧にして、差率の大きい順に並べてください。
勤続年数の帯(0-9年、10-19年、20-29年、30年以上)ごとの
人数と差額の合計を集計シートに出してください。「式がどのセルを参照しているか」を聞けば、答えにはセルへのリンクが付きます。参照先が入力シートになっているかどうかを、リンクで一つずつ確かめられます。ドキュメントには、並べ替えやフィルタ、条件付き書式、ピボットテーブルの編集も「直接頼める」操作として載っています。抽出や帯別集計は、この機能の範囲です。
毎回同じ書式にしたい場合は、アドインの設定にある指示欄に「率や月数は入力シートを参照する」「金額は桁区切りにする」と書いておきます。この指示はExcelだけに効き、PowerPointやWordの指示とは別です。
規程の文面を試算ブックに貼ってから、「別表の数字が入力シートの表と一致しているか」を確認させる使い方もあります。規程の改定案を作る側と試算を作る側が別の人だと、別表の転記ミスが最も起きやすい箇所だからです。
落とし穴
Claudeが埋めた数字は、貼った別表と必ず突き合わせる
支給月数を「自然な値」に補った場合でも、表の見た目は崩れません。Claudeに頼んだあとは、入力シートの表を規程の別表と目で照合し、手計算の1人分が一致することを確かめます。ドキュメントも、変更は確定前に必ず確認するよう求めています。
使う前に知っておくこと
Claude for Excelは、Pro、Max、Team、Enterpriseのプランで使えます。対応するのはWebのExcelと、一定以上のビルドのWindows・Mac版です。Excel 2016と2019の永続・ボリュームライセンス版、iPad、Androidでは動きません。
退職金は、個人の賃金情報に近いデータです。ドキュメントには、機密性や規制の高いデータを含むモデルは、適切な管理なしに使うことを勧めないとあります。実在の従業員のデータを入れる前に、情報システム部門と取り扱いを決めます。
入力と出力は、バックエンドで受領または生成から30日以内に削除されると説明されています。会話の履歴は、ブラウザのIndexedDBにローカル保存され、端末間では同期されません。共有のパソコンで試算するときは、設定から履歴を消せます。
試算の段階では、社員IDと仮の金額で式を完成させ、実データは式が固まってから別のブックに入れる手があります。
ほかに次の点があります。
- 監査に耐える計算は、検証なしに任せない扱いが前提です。最終の影響額は、人が確かめます
- マクロとVBA、データテーブルは使えません
- 外部から受け取ったファイルには、隠れた指示が含まれる可能性があります。信頼できるブックでだけ使い、元のブックを複製してから編集を頼みます
- Claudeは既存データを上書きする前に警告します。警告が出たら内容を読んで進めます
退職金の原資を外部の制度で積み立てている会社は、その制度の給付額も別に確認します。このブックが出すのは、規程で定めた額の試算です。
試算が終わってからの流れ
試算で影響額が見えたら、次は労働者側への説明の準備です。労働基準法第90条により、就業規則の変更では過半数労働組合または過半数代表者の意見を聴き、届出に意見書を添えます。第89条は退職手当の記載事項を定めているため、改定後の計算方法が条文で読み取れるかも見直します。
説明資料に入れる数字は、試算表の一覧そのままで足ります。人ごとの一覧は社員IDで管理し、本人に見せる分は本人のIDの行だけを抜き出します。勤続年数の帯別の集計は、組合や代表者に示す資料に使えます。
まとめ
退職金規程の改定を試算するときの要は、合計ではなく人ごとの差額を出すことです。労働契約法第10条の「不利益の程度」を示す数字が、そこから得られます。式は入力シートの表を参照させ、支給月数や掛け率を直書きしません。
E001の手計算(380,000円の45か月分と42か月分)のように、1人分を検算の足場にします。保証額の列を足せば、経過措置が誰に効き、誰に効かないかも見えます。
同じ入力・計算・集計の三層で組む試算は、定年後の賃金設計でも使えます。高年齢雇用継続給付を賃金案ごとに試算する手順が同じ型です。退職の理由を整理する作業には退職面談の離職理由の分析があり、労務のほかの点検は年次有給休暇の5日取得義務の点検にまとめています。