職務発明規程の改定案を特許法35条の要件でClaudeに点検させる手順
職務発明規程の改定案を、特許法35条5項の協議・開示・意見聴取に沿ってClaudeで点検する手順です。条文、規程の条項、運用記録の三段で突き合わせます。
点検は条文の三要素から規程の条項、運用記録へと降りる
職務発明規程の改定案をClaudeに渡して「問題がないか見てください」と頼むと、返ってくるのは一般的な講評になりがちです。点検の軸に置くのは、特許法35条5項に出てくる三つの語、つまり協議、開示、意見聴取です。この三つを規程の条文と運用の記録の両方に当てはめる形で頼むと、Claudeの答えを後から検証できます。
35条5項は、契約や勤務規則で相当の利益を定める場合の条件を書いています。定めに従って利益を与えることが不合理と認められてはならない、という条件です。不合理かどうかを見るときに考慮されるのは、次の三つの状況です。
- 相当の利益の内容を決める基準をつくる際に、使用者等と従業者等の間で行われた協議の状況
- つくられた基準が従業者等に開示された状況
- 相当の利益の内容の決定について、従業者等から意見を聴いた状況
条文はこの後に「等」を付けており、三つだけに限る書き方ではありません。それでも実務の点検は、まずこの三つが規程と記録に残っているかを見るところから始まります。
不合理と認められた場合や、そもそも定めがない場合は、35条7項に移ります。相当の利益の内容は、その発明で使用者等が受けるべき利益の額、発明に関連して使用者等が行う負担や貢献、従業者等の処遇などを考慮して決まります。規程で定めた額が裁判で尊重されるかどうかは、この三つの手続きの出来に左右されます。
ここで点検の層が分かれます。協議や開示は規程の外で行う行為なので、規程の条文を読むだけでは「やったかどうか」が分かりません。点検は三段に分けるのが自然です。
- 条文の語が何を求めているかを確かめる
- 規程の条項が、その手続きを受け止める書き方になっているかを見る
- 実際に行った手続きの記録が手元に残っているかを見る
1と2は、条文と規程の本文が手元にあればClaudeに任せやすい作業です。3は記録を集めるのが人の仕事で、Claudeはそれを読んで抜けを指摘する側に回ります。
三要素を規程の条項と残すべき記録に割り当てる
最初に、三要素ごとに「規程のどこを見るか」と「どんな記録が要るか」を表にしておきます。この表がそのままClaudeへの依頼の骨組みになります。
| 要素 | 条文の語 | 規程で見る箇所 | 残っているべき記録 |
|---|---|---|---|
| 協議 | 条文の語基準の策定に際しての協議 | 規程で見る箇所改定手続、付則 | 残っているべき記録説明会の案内、議事録、質問と回答 |
| 開示 | 条文の語策定された基準の開示 | 規程で見る箇所開示方法の定め | 残っているべき記録掲示や配信の日付、閲覧できる範囲 |
| 意見聴取 | 条文の語利益の内容の決定についての意見の聴取 | 規程で見る箇所意見申出の窓口と期限 | 残っているべき記録個別の申出書、会社の回答 |
時間軸の違いにも注意が要ります。協議と開示は、基準をつくる段階の手続きです。意見聴取は、特定の職務発明について相当の利益の内容を決めるときに、その発明をした従業者等から意見を聴く手続きです。質問や不服も意見に含まれます。
つまり改定案の点検の時点で、意見聴取の記録はまだ存在しません。見るべきは、意見を受ける窓口と期限が規程に書かれているか、受けた意見に回答する流れが決まっているかです。個別の記録は、改定後に発明ごとに積み上がっていくものです。
もう一つ、既に従業員協議等を経た規程の改定でも、相当の利益の内容を変える部分は点検の対象に入れておきます。東京都の知的財産総合センターが出す手引に載る中小企業用の参考例は、追加的に付与する利益を新たに定めるときも、協議、開示、意見聴取の三つの手続きを踏む必要があると解説しています。改定のたびに、変更した部分が手続きの対象になっているかを見る形です。
Claudeに渡す資料と最初の依頼
資料の揃え方で、点検の精度がほぼ決まります。次の順で渡します。
点検の依頼までの流れ
- 1
現行規程と改定案を並べる
新旧対照表の形にするか、両方の本文を別々に渡します。変更した条項が分かれば、Claudeは変更部分に絞って読めます。
- 2
35条の本文を貼る
条文はe-Govの法令検索からコピーして貼ります。記憶に頼らせると項番号がずれることがあるため、根拠は貼った本文だけと指定します。
- 3
手続きの記録を渡す
説明会の案内、議事録、従業員からの質問と回答、規程の掲示や配信の履歴など、あるものだけで構いません。無いものは「無い」と伝えます。
- 4
三要素の表で出させる
要素ごとに、該当する条項、資料から読み取れる記録、資料に無いものの三列で出力させます。
依頼文の例は次のとおりです。条文や資料は、実際の本文に差し替えてください。
添付の「職務発明規程 改定案」と「現行規程」を、特許法35条5項の
三要素(協議・開示・意見聴取)に沿って点検してください。
条件:
- 根拠は、下に貼った35条の本文だけにする
- 要素ごとに「該当する条項」「資料から読み取れる記録」
「資料に無いもの」の三列の表にする
- 条項番号と原文の語句を引用し、推測で補わない
- 書かれていない事項は「記載なし」と書く
- 適法・違法の結論は出さず、人が確認する項目として挙げる最後の二行が要になります。「記載なし」と書かせるのは、資料に無い手続きをClaudeが「行われたはず」と埋めるのを防ぐためです。結論を出させないのは、点検の出力を判断ではなく確認項目の一覧として使うためです。
規程の全文は社内の機密に当たることがあります。入力する前に、社内の生成AI利用ルールで扱える範囲かを確かめてください。秘密として管理している情報を入力した場合の考え方は、営業秘密の秘密管理性は生成AIへの入力で失われるかで扱っています。
協議の記録に見る点: 合意の有無ではなく話し合いの中身
協議の点検で最初に確かめたいのは、誰と協議したかです。協議の対象は、基準の適用を想定している従業員等で、管理職も含みます。手引は、協議の方法に特定の制約はなく、一人ひとりと個別に行う必要も、研究職とそれ以外で分ける必要もないと説明しています。
手引が中小企業向けに挙げる、不合理と判断されにくい例は次のとおりです。
- 従業員等が一堂に会する話合いや説明会を開く
- 社内イントラネットの掲示板や電子会議で集団的に話し合う
- 協議の結果、会社と従業員等または代表者との間で合意に至っている
- 設定した時間内に十分な話合いができなくても、その後に書面や電子メールで意見を出せ、会社が回答する仕組みがある
反対に、好ましくない例として挙がるのは次のような場合です。
- 従業員等が代表者の選任に反対したのに、その代表者とだけ協議した
- 集団的な話合いで、従業員等が発言しようとしても実質的に発言の機会がなかった
- 会社が自分の主張を繰り返すだけで、根拠となる資料や情報を示さずに協議を打ち切った
- 従業員等から意見が出たのに、会社が回答を全く行わなかった
ここで見落としやすいのは、合意に至っていなくても協議の不備とは限らない点です。真摯に対応して協議を尽くせば、必ずしも合意は必要ないと手引は述べています。Claudeに議事録を読ませるときは、「合意が無い箇所」を欠陥として拾わせず、上の四つの好ましくない例に当たる記述があるかを探させるほうが筋に合います。
議事録に向けた依頼は、次のように絞ります。
添付の議事録と質問回答票から、次の四点に当たる記述を探してください。
1. 代表者とだけ協議した経緯 2. 発言の機会が無かった記述
3. 根拠資料を示さず打ち切った記述 4. 意見に未回答のまま残った項目
見つからない場合は「該当記述なし」とし、根拠の行を引用してください。協議で従業員に示す資料は、会社が作成した基準案の内容が現実的な中心になります。自社や他社の営業秘密など、開示すると問題になる情報までは出す必要がないとされています。
開示の点検: いつでも見られることと、内容が具体的であること
開示にも決まった方法はありません。手引が重視するのは、従業員等がいつでも見られる状態にあることです。中小企業に現実的な方法として、見やすい場所への書面掲示、書面の交付や回覧(電子メールや社報での配信を含む)、常時閲覧できるイントラネットでの公開が挙がっています。
Claudeに点検させるのは、規程に開示方法が書かれているかと、記録に掲示や配信の日付があるかの二点です。改定のたびに開示し直しているかも、日付から読み取れます。旧版の掲示が残ったまま新版の掲示日が無い、といった抜けは、日付を並べると見つかります。
もう一つの観点が、開示の程度です。基準が開示されていると言えるには、相当の利益の内容と決定方法、付与条件など、利益の内容を決めるための事項が具体的に示されている必要があります。「会社が別に定める」「別途通知する」とだけ書いた規程は、開示していても中身が具体的と言いにくくなります。
依頼文では、規程の本文から「利益の内容」「決定方法」「付与条件」にあたる語句を条項ごとに抜き出させ、抜けた項目を示させます。抜き出した語句が原文のとおりかは、人が原文と照らして確かめます。
意見聴取の点検: 個別の決定の場面で動く窓口になっているか
意見聴取の方法にも特定の制約はなく、手引は、意見を受ける体制を整え、電子メールも含めて書面で記録に残すことを重視しています。大切なのは、受けた意見に会社が真摯に対応することです。合意に至らず見解が分かれたままでも、意見に個別に対応していれば不合理とは判断されにくく、回答を全く行っていない場合が不合理側の例として挙げられています。
手引の参考規程例には、この仕組みを条文にした例があります。7条5項は、発明者が相当の利益の内容に意見を持つとき、通知を受けた日から60日以内に書面で意見を申し出て説明を求められる、という定めです。手引は、これはあくまで一例で、日数は各社の事情に応じて決めてよいと注記しています。
点検では、改定案に次の要素が揃っているかを見ます。
- 意見を申し出る相手と方法(窓口、書面か電子メールか)
- 申出の期限と、期限の起算日
- 申出を受けた会社が回答する旨の定め
- 申出と回答を記録に残す旨の定め
四つのうち回答の定めが欠けやすいのは、意見は聴くが回答する義務までは書かない規程が少なくないためです。回答しない運用は不合理側の例に当たるため、条文の側で回答の流れを書いておくと運用が安定します。
改定案の条項で見落としやすい四点
三要素のほかに、改定案の本文で引っかかりやすい箇所が四つあります。参考規程例と35条の条文を突き合わせると見えてくる点です。
職務発明の定義が条文と同じ範囲か
35条1項は、職務発明を、使用者等の業務範囲に属し、発明に至った行為が従業者等の現在または過去の職務に属するものと定めています。参考規程例の2条は、この条文の言い回しに合わせて定義を置いています。
2項は、職務発明でない発明について、あらかじめ使用者等に権利を取得させる定めを置いた契約や勤務規則の条項を無効としています。定義が条文より広い規程は、この部分が問題になり得ます。Claudeには、規程の定義条項と35条1項を並べさせ、語句の差を列挙させます。
権利帰属の書き方
3項は、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させる定めがあれば、権利は発生した時から使用者等に帰属するとしています。参考規程例の4条はこれに沿い、会社が原始的に取得する書き方にしたうえで、原始取得が認められない国では発明者から会社へ譲渡する、という但し書きを付けています。海外出願を行う会社では、この但し書きの有無と、譲渡証の運用が合っているかを確認項目にします。
相当の利益が経済的な価値を持つ内容か
相当の利益には金銭以外も含まれますが、経済的な価値があると評価できる必要があります。手引は、表彰状のように名誉を表すだけのものは含まれないと説明しています。指針の例として手引が挙げるのは、使用者負担による留学の機会、ストックオプション、金銭的処遇の向上を伴う昇進や昇格、法令や就業規則所定の日数を超える有給休暇、職務発明に係る特許権の専用実施権の設定や通常実施権の許諾です。
改定案が金銭以外の利益を加える内容なら、挙げられた利益が上の例と同じ性質か、発明をしたことを理由に付与される形になっているかを、Claudeに条項単位で確認させます。
後日の協議に委ねた条項
参考規程例の7条3項は、追加的に付与する利益の内容について「別途従業員と協議して定める」としています。金額を規程に書けないときの現実的な書き方ですが、後日の協議も三つの手続きの対象になります。この条項がある規程では、後日の協議の進め方が決まっているか、その記録を残す担当者が決まっているかを点検項目に加えます。
退職者の扱いも、この種の条項と関係します。参考規程例の12条には、退職後も支払う案と、退職時に一括清算する案が載っています。手引は、令和2年の東京地裁判決を挙げ、契約や勤務規則で定めを置くかどうかにかかわらず、従業者は35条3項に基づく請求権を行使できると示されたことを解説で紹介しています。退職者向けの条項を持つかどうかは、改定案で必ず見る箇所の一つです。
Claudeの点検結果を検算する
出力が表の形で返ってきたら、使う前に次の確認を入れます。
- 項番号は、e-Govの本文と照らす。35条は7項までで、5項が三要素、6項が経済産業大臣の指針、7項が不合理な場合の算定です
- 「問題なし」「適法」といった保証の語が混ざっていれば、確認項目の言い方に直す
- 指針や手引から引いたとされる記述は、原文の該当箇所で確かめてから採用する
- 「記載なし」とされた項目は、資料の渡し漏れでないかを先に疑う
指針の本文は、35条6項に基づき経済産業大臣が公表するものです。Claudeの出力に指針の細部が出てきたときは、要約を信じず、指針の原文に当たるのが確実です。
規程の改定を専門家に見せる段階では、Claudeの表をそのまま渡せます。欠けている記録の一覧になっているので、どの資料を揃えて相談に行くかが明確になります。発明そのものをClaudeと考える場合の扱いはClaudeで発明を作ると特許は取れるかに、特許の先行技術調査をClaudeに任せる範囲はClaudeで特許の先行技術調査を下調べする範囲と限界にまとめています。就業規則側の条項とあわせて読み込ませる場合は、就業規則PDFをClaudeに読ませて副業規定を確認する方法の手順が使えます。
まとめ
職務発明規程の改定案の点検では、規程の本文が整っているかよりも、協議、開示、意見聴取の三つが条文と記録の両方で追えるかが問われます。Claudeに頼むのは、条文と規程の突き合わせ、記録の抜けの洗い出し、条項の語句の比較までです。
改定の前に、まず手元の記録を集めてください。議事録、掲示の履歴、意見申出の様式の三点が揃っていれば、点検の依頼は一度で通ります。揃っていないものがあれば、その欠落こそ専門家に最初に見せる材料になります。