Claudeで競業避止の誓約書を点検する — 期間・地域・職種・代償措置
退職時の誓約書案をClaudeのProjectsで読ませ、期間・地域・職種・代償措置を点検表に落とす手順。秘密保持と競業避止の切り分け、法令で言える範囲、Claudeに任せない判断も示します。
退職者に出してもらう誓約書の案は、Claudeに読ませると「期間」「地域」「職種」「代償措置」の4列の点検表に落とせます。無効リスクの高い条項を拾う作業そのものは、Claudeの得意な条文の読み比べです。ただし、有効か無効かを決めるのはClaudeではありません。この記事は、人事・総務の担当者が弁護士に見せる前の下調べとして、Projectsで点検表を作る手順をまとめたものです。
誓約書の条項は、まず2種類に分ける
退職時の誓約書には、性質の違う条項が混ざっています。点検の前に、条項ごとに次のどちらかへ振り分けます。
- 秘密保持: 在職中に知った情報を、退職後も外へ出さない約束
- 競業避止: 退職後の一定期間、同業への就職や同業での開業をしない約束
この2つは、点検の物差しが別物です。秘密保持は「何が秘密か」が特定できているかが焦点になり、競業避止は「どこまで縛るか」の幅が焦点になります。1通の誓約書に両方が入っているとき、Claudeに「全体を点検して」と頼むと、どちらの観点の指摘か分からない一覧が返りがちです。最初に振り分けを指示しておくと、指摘の読み方が揃います。
法令で言えること、言えないこと
点検表の列を作る前に、条文が何を定めているかを押さえます。ここを曖昧にしたまま進めると、Claudeの回答の「法律上こうです」を鵜呑みにしやすくなります。
不正競争防止法が規律するのは営業秘密の扱い
不正競争防止法は、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定めています(第2条第6項)。条文は、営業秘密を示された者が不正の利益を得る目的や、保有者に損害を加える目的で使用・開示する行為を、不正競争の一つに挙げています(同条第1項第7号)。
被害を受けた側には、侵害の停止や予防を求める差止請求(第3条)と、故意または過失による侵害への損害賠償請求(第4条)が用意されています。差止請求権には時効があり、行為を知った時から3年間行使しないとき、または行為の開始から20年を経過したときに消滅します(第15条第1項)。
刑事罰も置かれています。営業秘密を示された役員または従業者であった者が、不正の利益を得る目的などで、在職中に開示の申込みなどをして退職後に使用・開示した場合は、10年以下の拘禁刑もしくは2,000万円以下の罰金、またはその併科です(第21条第2項第4号)。
この法律の条文に「競業避止」という語は出てきません。条文が規律するのは営業秘密の使用と開示で、退職者がどこへ転職するかではありません。つまり、誓約書の競業避止条項は、この法律ではなく契約の有効性の問題として点検することになります。
競業避止の幅を縛る条文
競業避止条項は、退職者の職業選択に直接かかわります。点検で参照する条文は次の3つです。
| 条文 | 内容 | 点検での使いどころ |
|---|---|---|
| 憲法第22条第1項 | 内容公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する | 点検での使いどころ条項が転職をどこまで狭めるかを見る土台 |
| 民法第90条 | 内容公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする | 点検での使いどころ縛りすぎの条項は無効になりうる、という根拠 |
| 労働基準法第16条 | 内容労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない | 点検での使いどころ違反時の違約金の額をあらかじめ書く条項の確認 |
ここで押さえておくのは、引用した条文のいずれにも、競業避止の期間の上限や地域の広さを数字で定めた規定はないことです。「2年までなら有効」のような線は条文にありません。個別の事情で判断されるため、Claudeが示す年数の目安も、あくまで一般論として受け取る必要があります。違約金条項が労働基準法第16条に当たるかどうかも、条項の書き方と状況次第です。この結論はClaudeには出せないので、弁護士に聞く質問として点検表に残します。
点検表の列は、期間・地域・職種・代償措置
タイトルに挙げた期間・地域・代償措置に加え、実務では職種や業務の範囲も同じくらい効くので、点検表は次の4列で組みます。
| 列 | 誓約書の文言で見る点 | 拾うべき危うい書き方の例 |
|---|---|---|
| 期間 | 誓約書の文言で見る点年数の記載、起算点、延長の定め | 拾うべき危うい書き方の例年数の記載がない、「当社が必要と認める間」 |
| 地域 | 誓約書の文言で見る点国内外の範囲、事業所の所在地との対応 | 拾うべき危うい書き方の例「日本国内全域」で自社の営業圏が一部だけ |
| 職種・業務 | 誓約書の文言で見る点禁止される業務の範囲、競合の定義 | 拾うべき危うい書き方の例「同業他社」だけで定義がない、在職中と無関係な業務まで含む |
| 代償措置 | 誓約書の文言で見る点退職金の上乗せ、手当など制限の見返り | 拾うべき危うい書き方の例見返りの記載がない、違反時の没収だけが書かれている |
表の「危うい書き方」は、点検で目を留める目印として置いたものです。ここに当てはまっても無効と決まるわけではなく、当てはまらなくても有効とは限りません。この表は「弁護士に見せる前に論点を拾う」ための道具として使います。
Projectsに置くもの
誓約書の点検は、1通で終わらず、退職者が出るたびに繰り返されます。毎回同じ観点を指示し直すのは手間なので、Projectsに観点を置きます。
Projectsは、独自のチャット履歴とナレッジベースを持つ作業スペースです。プロジェクトごとに書類をアップロードして文脈を与えられ、プロジェクト指示で口調や立場といった応答の仕方も決められます。無料アカウントを含む全ユーザーが使え、無料ユーザーが作れるのは5つまでです。
置くものは3つです。
- プロジェクト指示: 上の4列の点検表と、断定しない書き方の指示
- 自社の就業規則(秘密管理に関する章と、競業に関する章)
- 過去に使った誓約書のひな形(個人名を入れる前のもの)
有料プランでは、プロジェクトの知識が上限に近づくと自動でRAG(検索拡張生成)モードが有効になり、容量が最大10倍まで広がります。誓約書の案と就業規則くらいの量なら、通常はそこまで要りません。Team・Enterpriseプランでは、プロジェクトを特定のメンバーに共有できます。人事の担当者と法務の窓口で同じ点検表を見たいときに使えます。
プロジェクト指示の書き方の例を示します。文言は自社の運用に合わせて直してください。
あなたは人事部の誓約書点検の補助です。法律判断はしません。
入力された誓約書案の条項を次の2種類に分けてから点検します。
1. 秘密保持 2. 競業避止
競業避止の条項は、次の4列の表で出力します。
期間 / 地域 / 職種・業務 / 代償措置
各列に、条文の該当箇所を原文のまま引用し、記載が無ければ
「記載なし」と書きます。有効・無効の結論は書きません。
最後に「弁護士に確認する質問」を、条項ごとに1〜2個挙げます。点検の手順
誓約書案を点検表にする流れ
- 1
個人情報を外して貼る
誓約書案から、退職者の氏名・住所・社員番号を外して貼ります。点検に必要なのは条項の文言であり、個人の情報は要りません。
- 2
条項を2種類に振り分ける
「秘密保持と競業避止に分けて、条番号と一緒に一覧にして」と頼みます。振り分けが違っていれば、ここで直します。
- 3
競業避止の条項を4列の表にする
プロジェクト指示どおり、期間・地域・職種・代償措置の表を出させます。「記載なし」の欄が、誓約書案の穴の候補です。
- 4
弁護士への質問に変える
表の空欄と危うい書き方を、質問の形にします。たとえば「地域が日本国内全域だが、当社の営業圏は関東のみ。この範囲で問題ないか」のように、事実と疑問をセットにします。
3つめの段階で出てくる表は、次のような形になります(例示であり、Claudeの実際の出力ではありません)。
| 条 | 期間 | 地域 | 職種・業務 | 代償措置 |
|---|---|---|---|---|
| 第3条 | 期間退職後2年間 | 地域記載なし | 職種・業務「同業他社への就職」 | 代償措置記載なし |
この例なら、地域と代償措置が空欄で、職種の定義も「同業他社」の一語にとどまります。質問に直す候補は3つです。
秘密保持の側は、秘密の特定を見る
競業避止の表と並行して、秘密保持の条項も見ます。不正競争防止法の定義は、営業秘密を「秘密として管理されている」ものとしています。誓約書に「業務上知り得た一切の情報」とだけ書いてあっても、社内で秘密として管理されていなければ、法律上の営業秘密に当たるかが問題になりえます。
点検では、誓約書が対象にする情報の範囲と、就業規則や情報管理の規程にある秘密の定義がそろっているかを突き合わせます。Projectsに就業規則を置いてあれば、「誓約書の第○条の秘密の範囲は、就業規則の秘密管理の章と食い違っていないか」と一度の質問で突き合わせられます。食い違いが出たら、規程を直すのか、誓約書の文言を直すのかを人が決めます。
Claudeに任せない判断
- 有効・無効の結論: 上に見たとおり、期間や地域に条文上の線はありません。Claudeが「この内容なら有効です」と書いたら、プロジェクト指示の「結論は書かない」が効いていない合図です
- 個別の退職者への運用: 誰に誓約書を求めるか、代償措置の額をいくらにするかは、会社の経営判断です
- 退職者本人への説明: 本人に何と伝えるかは、人事の担当者が自分の言葉で決めます
ProjectsのClaudeは、アップロードした書類の範囲で答えます。就業規則が古いままプロジェクトに残っていると、古い規程と突き合わせた点検になります。規程を改定したら、ナレッジを入れ替えるところまでを手順に含めてください。
つまずきやすい点
新しいProjects(ベータ)では画面が違う
Projectsには、プロジェクトを1つの会話として扱い、Claudeが作業を並列のスレッドに分けてクラウドで走らせる新しい版(ベータ)が出ています。対象はClaude Codeを使うPro・Maxの一部のユーザーから順に広がる段階で、既存のプロジェクトも一部で移行が始まっています。画面に「Projects」がサイドバーで見える場合は、この版の可能性があります。この記事の手順は、書類と指示を置いて点検するという基本の使い方なので、どちらの版でも考え方は同じです。
条項だけ貼ると、前後の定義が抜ける
「競業」「秘密情報」といった語は、誓約書の冒頭の定義条項で意味が決まっていることがあります。条項だけを抜いて貼ると、Claudeは定義を知らないまま表を作ります。誓約書は全文を貼り、定義条項も点検対象に含めてください。
同じ観点を他の契約にも流用したくなる
秘密保持契約の受領時のレビューは、NDAの受領時レビューをClaudeで行うで、目的外使用・定義・存続期間の観点を扱っています。誓約書は会社と従業員の間の書類、NDAは会社同士の書類で、力関係が違います。観点の一部は共通でも、プロジェクトは分けておくと指示が混ざりません。
取締役の競業とは別の話
在職中の取締役が自社の事業と競合する取引をする場合は、会社法の手続が別にあります。取締役会の議事録の点検は利益相反・競業取引の取締役会議事録をClaudeで点検にまとめています。退職する従業員の誓約書とは、根拠も確認する書類も別です。
まとめ
誓約書の点検は、条項を秘密保持と競業避止に分け、競業避止を期間・地域・職種・代償措置の表にするところまでがClaudeの仕事です。有効かどうかは、条文に数字の線がない以上、個別の事情を知る弁護士の領分になります。Claudeには「結論を書かせず、弁護士への質問を作らせる」と指示しておくと、下調べとして使いやすい形で返ってきます。顧客資料や機密文書をClaudeに渡す前の契約面の確認は、コンサルがClaudeに顧客資料を渡す前のNDA点検表が参考になります。