Claudeで特許の請求項を英訳する — 用語の揺れと従属関係を表で点検
日本語の請求項を英訳するとき、同じ語が別の英語に訳される揺れと、従属関係のずれを防ぐ手順です。Projectsに用語表を置き、訳文と対応表をClaudeに作らせて点検します。
請求項の英訳で起きる事故は、語の揺れと参照のずれに集まる
日本語の請求項を英訳して外国出願に使うとき、訳文の英語としての自然さは二の次です。事故が起きやすいのは、同じ構成要素が請求項ごとに別の英語になる揺れと、従属関係の参照先が訳文でずれることの2つです。
請求項は、1つの語を請求項1から請求項15まで同じ意味で使い続けるように書かれています。ところが翻訳は、請求項を上から順に訳す作業になりがちです。請求項3で「保持部」を holder と訳し、請求項9で retainer と訳すと、同じ要素が別物に見えます。
Claudeに訳させるだけでは、この揺れは防げません。防ぐには、訳す前に用語表を固定し、訳した後に請求項ごとの対応表を作らせて、人が点検できる形にします。この記事では、その手順をProjectsで組みます。
最終的な英訳の確定は、出願先の制度に通じた弁理士や代理人の仕事です。Claudeに任せるのは、訳文の下書きと、揺れや参照ずれの洗い出しまでです。
日本語の請求項の作りが、訳す側の点検項目になる
訳す前に、原文が条文上どういう決まりで書かれているかを押さえておきます。点検項目はここから決まります。
特許法36条5項は、特許請求の範囲を請求項に区分し、各請求項に、特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを書くよう求めています。同じ項は、ある請求項の発明と別の請求項の発明が同一になる書き方も妨げないとしています。
6項は、特許請求の範囲の記載が満たす条件として、次を挙げます。
- 発明の詳細な説明に記載したものであること
- 発明が明確であること
- 請求項ごとの記載が簡潔であること
英訳先の米国では、特許法112条(b)が、発明者が発明と考える対象を「particularly pointing out and distinctly claiming」する請求項で明細書を結ぶよう求めています。同条(d)は、従属形式の請求項について、先に書かれた請求項への参照を含み、さらに限定を加えるものとし、参照先の限定をすべて組み込むものとして解釈すると定めます。
日米でどちらも「明確に」が要求される以上、訳文では参照関係と用語の一貫性がそのまま品質になります。点検項目を表にすると、次のとおりです。
| 点検項目 | 見る場所 | ずれたときの症状 |
|---|---|---|
| 同一要素の訳語 | 見る場所全請求項 | ずれたときの症状同じ部品が別の語になり、別物に読める |
| 引用先の番号 | 見る場所従属請求項の冒頭 | ずれたときの症状「請求項2に記載の」が別の番号を指す |
| 「前記」の指す先 | 見る場所各請求項の本文 | ずれたときの症状先に出ていない要素を「the」で受ける |
| 択一の引用 | 見る場所「請求項1または2」 | ずれたときの症状引用先の範囲が訳文で変わる |
| 数や単位の表記 | 見る場所数値限定の請求項 | ずれたときの症状範囲の端や単位が落ちる |
「前記」に対応する先行の記載を訳文で確かめる項目は、上の2つの条文の文言(明確性)から導いた整理であり、条文がそのまま要求する形ではありません。
用語表をProjectに置いて、訳語を固定する
用語表をチャットに貼るだけだと、次のチャットでは消えます。固定したい情報は、Projectの知識ベースに置きます。Projectsは、独立したチャット履歴と知識ベースを持つ作業スペースで、文書やテキストを知識として置くと、そのプロジェクトのチャットで文脈として使われます。無料アカウントでも使えますが、作れるプロジェクトは5つまでです。
用語表は、請求項の語を拾ってつくります。列は次の4つにします。
| 日本語 | 固定する英語 | 使わない英語 | 初出の請求項 |
|---|---|---|---|
| 保持部 | 固定する英語holder | 使わない英語retainer, support | 初出の請求項請求項1 |
| 前記基板 | 固定する英語the substrate | 使わない英語the board | 初出の請求項請求項1 |
| 係合する | 固定する英語engage | 使わない英語fit, mate | 初出の請求項請求項3 |
「使わない英語」の列が、揺れを止める役をします。Claudeは放っておくと、文脈に合う別の語を選ぶからです。
用語表の素材は、請求項と明細書から自動で取り出せます。次の指示を、日本語の明細書全文と請求項を置いたProjectで実行します。例として示す形で、出力はそのまま使わず、人が確認します。
添付の請求項1〜15から、構成要素を表す名詞と動詞を
すべて抜き出してください。
各語に、初出の請求項番号と、明細書での表記(同じ要素が
別の呼び名で書かれていないか)を付けてください。
英訳は付けず、日本語の語だけを一覧にしてください。英訳を付けない理由は、訳語を決める作業を人に残すためです。語の候補は、明細書の用語の揺れ(同じ要素を「保持部」「支持部」と呼んでいないか)を見てから決めます。原文に揺れがあれば、先に原文側の扱いを代理人と相談します。
ファイルの扱いにも制限があります。Projectのファイルは1ファイル30MBまでで、ファイル数に上限はありませんが、内容の合計がClaudeのコンテキストウィンドウに収まる必要があります。PDFは100ページ以下なら図も読み取り、101〜1000ページは文字だけの処理になります。図面の符号と部材名の対応を読ませたいときは、図面のページ数に注意してください。
プロジェクト指示に、訳し方の規則を書く
Projectには、プロジェクト指示を書けます。口調や立場を指定する例が公式に挙がっていますが、訳し方の規則も同じ場所に置けます。次は、規則を書く例です。
あなたは日本語の特許請求の範囲を英語に訳す補助者です。
- 用語表にある語は、表の「固定する英語」だけを使う。
「使わない英語」の列の語は使わない。
- 用語表にない新しい名詞が出たら、訳さずに質問する。
- 「前記X」は、同じ請求項か引用先に X の記載があるときだけ
"the X" と訳す。記載がなければ、その旨を指摘する。
- 引用する請求項番号は、原文の番号のまま保つ。
- 原文にない限定や、原文の限定の省略をしない。
- 迷う箇所は、訳文の下に「要確認」として理由を書く。規則を細かく書くより、「訳さずに質問する」「要確認として書く」という逃げ道を作るほうが効きます。逃げ道がないと、Claudeは分からない語にも一つの訳語を当てて返します。
請求項を訳し、従属関係の対応表まで作らせる
実際の流れは、1回の依頼で訳文と対応表を一緒に出させるのが扱いやすいです。訳文だけを受け取ると、点検の足場がありません。
Projectの請求項1〜15を英訳してください。
出力は次の2つです。
1. 英訳(請求項ごと)
2. 対応表:請求項番号、独立か従属か、引用先、
その請求項で初めて出る用語(日本語と訳語)
用語表にない語は訳さず、末尾に一覧にしてください。返ってきた対応表を、原文の請求項と並べて点検します。見る順序は次のとおりです。
- 独立・従属の区分が原文と同じか。独立請求項が従属に変わっていないか
- 引用先の番号が原文と同じか。「請求項1または2」の「または」が落ちていないか
- 初めて出る用語が、用語表の「固定する英語」と一致しているか
- 末尾の「用語表にない語」の一覧に、決めるべき語が残っていないか
引用の形式は、出願先の書き方に合わせる必要があります。米国の112条(e)は、複数従属形式の請求項について、複数の請求項への参照を選択肢としてのみ置くこと、さらに複数従属の請求項を別の複数従属の請求項の基礎にしないことを定めています。日本の原文が複数の請求項を引用する形のとき、英訳でそのまま通るかは、代理人に確かめます。
訳文の用語の揺れを、別のチャットで検算させる
訳が出たら、同じ会話で「揺れていないか」と聞かないでください。自分の訳を肯定する方向に答えがちだからです。新しいチャットを開いて、訳文だけを貼り、用語表と照らさせます。
次の英訳と用語表を照合してください。
- 表にある日本語に対し、訳文が表以外の英語を使っている箇所
- 同じ名詞を別の語で呼んでいる箇所(表に載っていない揺れ)
を、請求項番号と該当語句を付けて表にしてください。
問題がなければ「なし」と書いてください。「問題がなければなしと書く」の一文は、無理に指摘を作らせないためです。Claudeの指摘は候補であり、見逃しがないことの保証にはなりません。
照合の結果は、次のような表で返ってきます。以下は形を示す例で、実際の出力ではありません。
| 請求項 | 訳文の語 | 表の語 | 判定 |
|---|---|---|---|
| 3 | 訳文の語retainer | 表の語holder | 判定要修正 |
| 9 | 訳文の語holder | 表の語holder | 判定一致 |
| 12 | 訳文の語the board | 表の語the substrate | 判定要修正 |
要修正の行は、原文に戻って、本当に同じ要素を指すかを確かめます。原文でも別の要素なら、直すべきは訳ではなく用語表です。
未公開の請求項を入力するときの線引き
出願前の請求項は、公開されていない発明そのものです。ProjectsはTeamとEnterpriseの組織内で共有でき、編集権限を持つメンバーはプロジェクトの指示や知識を書き換えられます。共有の範囲を決めずに置くと、発明者以外が読める状態になります。
入力する前に、次の点を確かめます。
- 出願前の発明の入力を許す社内規程があるか
- Projectの共有範囲が、発明に関わる人に限られているか
- 管理者が共有やプロジェクトの公開をオフにしていないか(オフにされると、新しい相手への共有はできなくなります)
規程が曖昧なときは、請求項の本文を入れる前に、構成要素の名前だけを置いて用語表の下書きを作る方法もあります。用語表は発明の中身を含まないので、扱いやすい資料です。
人が持つ部分
次の判断は、Claudeの出力に任せません。
- 訳語の最終決定。語の選択は、出願先で権利範囲にどう読まれるかに関わります
- 請求項の範囲を変える訳し方(上位概念への言い換えなど)をするかどうか
- 外国出願の期限と、翻訳文の提出に関わる手続き
なお、外国語でされた国際特許出願を日本に移行する場合は、特許法184条の4が、優先日から2年6月以内に日本語の翻訳文を提出するよう定めます。期間内に請求の範囲などの翻訳文が出なければ、出願は取り下げられたものとみなされます。この記事は日本語から英語への翻訳が主題で、逆向きの移行は別の手続きですが、翻訳文が権利の存否を左右する点は共通です。
拒絶理由が来た後の補正案づくりは、翻訳とは別の作業です。手順はClaudeで特許の拒絶理由通知への対応案を整理する範囲と限界にまとめています。
よくあるつまずき
訳語が途中で変わる。長い請求項を1回で訳させると、後半で用語表が効かなくなることがあります。請求項を数個ずつに分けて訳させ、毎回、用語表を参照するよう指示します。
用語表にない語を、勝手に訳される。プロジェクト指示に「表にない語は訳さず質問する」を入れていないと起きます。上の指示例の2行目を確認してください。
対応表の引用先が、原文と合わない。Claudeが番号を読み違えることがあります。対応表は常に原文の請求項と並べて、番号を1つずつ見ます。
機械翻訳との使い分けで迷う。用語集を翻訳エンジンに効かせたいときは、ClaudeとDeepLを連携する方法で扱うDeepLのような翻訳サービスの用語集機能も選択肢です。用語の固定と参照の点検を同じ画面で続けたいときは、この記事のProjects方式が向いています。
日英の用語表をProjectに置いて訳をずらさない考え方は、特許以外の文書にも広げられます。広報文書の例はClaudeで英文プレスリリースを翻訳するにあります。
まとめ
請求項の英訳は、訳の上手さより、用語の一貫性と従属関係の保存で決まります。用語表を先に固定し、訳文と対応表を一緒に出させ、別のチャットで照合する。この3段で、点検の足場ができます。
Claudeが出すのは下書きと指摘の候補です。訳語の決定と、権利範囲に関わる判断は、出願先の制度に通じた人が持ちます。