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臨床心理士の倫理綱領は生成AIでの所見作成に何を求めるか — 公認心理師との違い

臨床心理士の倫理綱領は生成AIでの所見作成に何を求めるか — 公認心理師との違い

日本臨床心理士会の倫理綱領と公認心理師法が求める秘密保持義務を、Claudeのファイルアップロードや学習設定と突き合わせ、匿名化の手順と利用環境ごとの扱いを示します。

臨床心理士や公認心理師が、心理検査の所見や面接記録の下書きにClaudeを使う場面が増えています。どちらの資格も、業務上知り得た情報の秘密保持が職業上の中心的な義務です。ただし根拠が違います。臨床心理士会の倫理綱領は会員向けの自主規範で、公認心理師法は刑事罰のある法律です。

この記事では、両者の条文のうち生成AIへの入力に関わる箇所を拾い、Claudeのファイルの扱い・学習設定・インコグニートチャットの仕様と突き合わせます。条文の読み替えは筆者の解釈で、個々のケースの適否は所属先や職能団体、弁護士への確認が前提です。隣接する士業の話は弁護士がClaudeで生成AIを使う際の注意点とガイドラインの読み方にあります。

倫理綱領のどの条文がAIへの入力に関わるか

臨床心理士会の倫理綱領は、2009年4月1日に施行された会員向けの自主規範です。生成AIは想定されていないため、AI利用を直接定めた条文はありません。入力という行為に引きつけて読むと、関わりが深いのは次の4か所です。

まとめ

AI入力に関わる倫理綱領の条文

  • 第2条1・2項 秘密保持と情報開示

    個人情報と相談内容は、自他に危害を加える恐れや法の定めがある場合を除き、守秘義務が第一です。対象者の同意なしに他者へ開示してはならず、記録の管理保管には最大限の注意を払うとされています。

  • 第2条3項 録音・録画

    面接や心理査定の場面をテープやビデオなどに記録するときは、対象者の了解を得た上で行います。面接の録音を文字起こしして所見の材料にするなら、この条項が先に効いてきます。

  • 第5条4項 情報の誤用・悪用の防止

    心理査定の結果や援助の内容に関する情報が、対象者やそれ以外の人に誤用・悪用されないよう細心の注意を払うことが求められています。

  • 第7条 事例公表と査定用具

    事例を公表する際は、対象者等が特定されないような記述に細心の工夫を行います。査定用具類は、学術上必要な範囲を超えてみだりに開示しないとされています。

記録の保存については第4条6項が別に定めており、面接内容を客観的かつ正確に記録し、原則として面接等の最終日から5年間保存します。AIの側にどれだけデータが残るかとは無関係に、手元の記録は残す義務があるということです。

なお、綱領のどの条文にも「AIサービスへの入力は開示にあたる」とは書かれていません。第2条2項の「他者への開示」に外部サービスへの入力を含めるかどうかは解釈の問題で、職能団体や所属機関の見解が出ていないか確認する余地があります。

公認心理師法の秘密保持義務は倫理綱領と何が違うか

公認心理師には、綱領とは別に国家資格としての公認心理師法(平成27年法律第68号)が適用されます。第41条は「正当な理由がなく、その業務に関して知り得た人の秘密を漏らしてはならない」と定め、公認心理師でなくなった後も同様としています。

違反への措置は二層になっています。第46条は一年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金で、ただしこの罪は告訴がなければ公訴を提起できない親告罪です。もう一つが第32条2項で、第41条への違反があった場合、文部科学大臣と厚生労働大臣は登録の取消し、または期間を定めた名称使用の停止を命じることができます。刑事事件にならなくても、資格そのものに響く経路があるわけです。

観点臨床心理士会の倫理綱領公認心理師法
根拠臨床心理士会の倫理綱領職能団体の自主規範(2009年施行)公認心理師法国の法律(平成27年法律第68号)
秘密保持の対象臨床心理士会の倫理綱領対象者・関係者の個人情報および相談内容公認心理師法業務に関して知り得た人の秘密
違反への対応臨床心理士会の倫理綱領第8条は会員同士の注意喚起と、倫理委員会への記名での申し出を定める公認心理師法刑事罰(第46条)と登録取消し・名称使用停止(第32条2項)
告訴の要否臨床心理士会の倫理綱領規定なし公認心理師法刑事罰は親告罪
資格喪失後臨床心理士会の倫理綱領明記なし公認心理師法資格喪失後も義務が継続(第41条)

綱領の第8条が具体的に定めているのは、不適当な言動に接したときに当該会員へ自覚を促すこと、改善がなければ都道府県ごとの臨床心理士会か倫理委員会へ記名で申し出ることです。処分の種類までは、この綱領の本文からは読み取れませんでした。

両方の資格を持つ人や、同じ職場に両方の資格者がいる場合は、強制力は公認心理師法の側が大きく、刑事罰と登録取消しの両方が付いています。

公認心理師法にはもう一つ、AIの話と間接的につながる条文があります。第42条2項は、支援を要する者に主治の医師があるときはその指示を受けなければならないと定めています。AIが下書きした所見の文言が主治医の指示や見立てと食い違っていないかを確かめる作業は、この条文から人間側の責任と読むのが自然です(筆者の解釈)。第42条2項への違反も、第32条2項の登録取消しなどの対象になります。

所見をAIに入れる前に何を消し、何を手元に残すか

第7条1項は、事例を公表するときに対象者等が特定されないよう細心の工夫を求めています。学術発表向けの条文ですが、所見の下書きを外部サービスに渡す行為も、対象者の情報を第三者に渡す点では構造が似ています。同じ工夫を入力の前段に置く、というのが現実的な読み替えです。

手順

所見の下書きをClaudeに渡す前の流れ

  1. 1

    識別子を記号や年齢帯に置き換える

    氏名・生年月日・所属機関名・住所を、記号や年齢帯に変えます。手作業でもエディタの一括置換でも構いません。

  2. 2

    対応表はClaudeに入れず手元の台帳に残す

    誰がAさんかの紐付けまでAIに入力すると、匿名化の意味がなくなります。

  3. 3

    録音・用紙・個人設定を点検する

    録音は対象者の了解の範囲か、スキャンした検査用紙に氏名記入欄が写っていないか、Claudeの個人設定欄に対象者の情報を書いていないかを見ます。

  4. 4

    出力を手元で読み直し、記録として保存する

    AIの下書きは、第4条6項の記録とは別物です。保存する記録は人間が確認したものを手元で管理します。

匿名化の例は次のとおりです。

匿名化前: 〇〇小学校5年3組の山田花子さん(10歳)は、WISC-Vの結果、言語理解が…
匿名化後: 小学校高学年の女児Aは、WISC-Vの結果、言語理解が…

置換するのは氏名だけではありません。学年・学級・年齢・家族構成・特徴的なエピソードの組み合わせでも対象者は特定されうるため、記号化した後に、情報の組み合わせで個人が浮かばないかを読み直す工程が要ります。

医療分野でも、患者を特定できる記述を外してから読み込ませる考え方が使われています。整理は医療情報システム安全管理ガイドラインで生成AI入力はどう扱われるかと重なる部分が多くあります。

検査の問題内容をAIに渡すという別の論点

綱領第6条2項は、テレビ・ラジオ出演や一般雑誌への執筆の場面で、心理査定用具とその具体的な使用法・解釈法の公開を避けるよう求めています。第7条6項は査定用具類を学術上必要な範囲を超えてみだりに開示しないとしています。所見の下書きに使う分には対象者の結果が中心ですが、検査の問題文や刺激図版そのものを貼り付けると、対象者の情報とは別の軸でこの条項に近づきます。外部サービスへの入力が「開示」にあたるかは綱領に書かれていないため、用具の発行元の利用条件も合わせて確認する余地があります。

Claudeにアップロードしたファイルはどう扱われるか

ファイルの仕様は次のとおりです。チャットへのアップロードは、PDF・DOCX・CSV・TXT・HTML・ODT・RTF・EPUB・JSONに対応し、1ファイル500MB、1チャット最大20ファイルまで扱えます。XLSXはコード実行とファイル作成の有効化が別途必要です。

PDFは100ページ以下なら文字と図表の両方を解析し、101〜1000ページは文字のみで、1000ページを超えるものはアップロードできません。検査バッテリー一式をまとめたPDFは、ページ数によって解析範囲が変わります。

PDF以外のドキュメントは、テキストだけが抽出されます。埋め込まれた画像は読み取られません。所見のWord文書にプロフィール図がグラフ画像として貼ってある場合、その図の内容はClaudeに届いていないことになります。結果の数値が本文に書かれているか、PDFで渡すかで解析範囲が変わる点は押さえておきたいところです。

検査用紙をスキャンして読み込ませるなら、画像形式はJPEG・PNG・GIF・WebPで、1000×1000ピクセル以上が推奨されています。小さい画像や低解像度の画像は避けるよう案内されています。氏名や所属機関名の記入欄が写り込む用紙は、アップロード後に気づいて消すより、スキャン前に塗りつぶすか切り取るほうが確実です。大きなファイルは分割して読み込ませる方法も案内されています。

チャットのアップロードとは別に、プロジェクトの「Files」欄に置いたファイルは会話をまたいで参照されます。1ファイル30MBで、テキスト抽出のみ(マルチモーダル対応のPDFを除く)です。所見のひな形を常設すると便利ですが、実在の対象者名が入ったまま登録すると以降の会話でも参照され続けます。

そのうえ、インコグニートチャットはプロジェクトの外でしか使えません。プロジェクト内のチャットでは、ゴーストアイコン自体が出ません。「ひな形はプロジェクトに常設し、対象者のデータはインコグニートで扱う」という組み合わせは成立しないことになります。

Claudeに機密情報を入力しても安全かでは、医療記録のような情報はプランを問わず入力を避ける扱いにしています。心理検査の生データもこのカテゴリに準じて扱うのが無難です。

学習利用・保持期間・インコグニートの使い分け

Anthropicのプライバシーセンターによると、Free・Pro・Maxのコンシューマープランでは、会話がモデル改善に使われるのは次の3つの場合です。利用者がモデル改善の設定を許可した場合、安全性レビューでフラグが立った場合、Trusted Testerプログラムなどに明示的に参加した場合です。このページはコンシューマー向けで、Claude for Workなどの商用製品は別ページの扱いです。商用製品のページでは、既定で入力と出力を学習に使わないとされ、評価ボタンなどで明示的に送ったフィードバックは例外です。

インコグニートチャットは、モデル改善の設定を許可していても学習に使われません。履歴にも残らず、メモリーにも反映されません。一方で、履歴に残らないことと消えることは別で、保持は既定で30日です。

数字

数字で見るClaude側の保持と手元の保存義務

  • インコグニートの保持

    30日

    既定。Team/Enterpriseは組織の設定で長くなりうる

  • 評価ボタンで送った会話の保存

    最大5年

    親指ボタンのフィードバック。学習に使われうる

  • 綱領が求める記録の保存

    5年

    面接等の最終日から。手元の記録の話

いずれも出典の記述どおり。5年が2つあるが別の話

真ん中の項目は見落としやすい点です。回答の評価ボタン(親指の上下)でフィードバックを送ると、関連する会話全体が最大5年間保存され、ユーザーIDとの紐付けを外したうえで学習などに使われうると説明されています。所見の下書きを扱った会話で評価を送ると、通常の学習設定とは別経路でその内容が渡る可能性があります。送らないという選択肢があります。

インコグニートの細かい挙動は、ヘルプの記述から次の点が確かめられます。

くらべる

通常チャットとインコグニートの違い(所見の下書きで効く点)

履歴・メモリーあり

通常チャット

会話は履歴に残り、過去チャットの検索で参照されます。メモリーをオフにしたいときは、最初のメッセージを送る前に「+」メニューで切り替えます。この場合も会話そのものは履歴に残ります。

履歴・メモリーなし

インコグニート

履歴に保存されず、閉じると再び開けず、通常チャットへの変換もできません。ただしカスタムスタイルなどの個人設定はインコグニートでもClaudeに見えます。設定欄に対象者の情報を書かないのが前提です。

Team・Enterpriseのインコグニートは、履歴に残らなくても30日(組織の保持設定がある場合はそれ以上)保持され、アカウントOwner向けの組織のデータエクスポートに含まれると明記されています。個人の画面から消えても、組織側には残りうるということです。

利用環境ごとの目安は次のとおりです。学習設定の変更手順はClaudeを学習させない設定にあります。インコグニートの始め方はClaudeインコグニートチャットの使い方と制限が詳しい記事です。

利用環境学習利用匿名化前データの扱い
個人Free/Pro/Max(設定をオフ)学習利用許可しない限り使われない(安全性レビューの例外あり)匿名化前データの扱い匿名化した上での入力が前提
個人+インコグニート学習利用使われない(30日保持)匿名化前データの扱い新しいClaude体験ではファイル作成・コード実行を伴う工程に使えない
Team/Enterprise学習利用既定で学習されない(評価ボタンのフィードバックは例外)匿名化前データの扱い契約条件(DPA)と組織の保持設定を確認した上での運用が前提

どの環境でも、「学習に使われないこと」と「匿名化が不要になること」は別の話です。学習利用のオフは、Anthropic側の再利用を止める設定にとどまります。入力が第2条2項の「開示」にあたるかは設定とは別に判断が要る論点で、匿名化はその判断に左右されない予防策です。

まとめ

秘密保持の根拠は、綱領が自主規範、公認心理師法が刑事罰と登録取消しを伴う法律という違いがあります。この違いを踏まえ、識別子の匿名化と対応表の手元管理を入力前の基本線に置くのが現実的な線引きです。Claude側の設定は保持や学習の範囲を変えるだけで、入力が綱領や法の上でどう評価されるかの判断までは代わりません。

参照した一次ソース

この記事の記述は、次の一次ソースと照合しています。更新時に参照先が変わった場合は一覧も更新します。

  1. jsccp.jp/about/pdf/sta_5_rinrikoryo0904.pdf
  2. support.claude.com/en/articles/8241126-upload-files-to-claude
  3. laws.e-gov.go.jp/law/427AC1000000068
  4. privacy.claude.com/en/articles/10023580-is-my-data-used-for-model-training
  5. support.claude.com/en/articles/12260368-use-incognito-chats
  6. privacy.claude.com/en/articles/7996868-is-my-data-used-for-model-training
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